第12話 拾い物_2



 気が付いたのは偶然だったのだと思う。

 男たちの一人の持ち物が、少し覚えのあるものに似ていた。


 視覚はないので音や振動で形状を把握しているのだが、その男だけは尖った刃を持たない棒状の持ち物を所持していた。他の男が身に着けている長細いものは鞘のような空洞に収まっているけれど、それだけ違う。

 剣でも槍でもない武器。かつてゲイルに痛みをもたらした炎を生み出した武器と似たもの。杖。


(知らずに仕掛けてたらまた燃やされてたか。危ないな)


 彼らの強さがずっと昔にここに来た連中より上だと言うのなら、あの炎以上のずるい力を遣えるかもしれない。

 今のゲイルの生命を脅かすほどのを。


 あらゆる敵の中で、ゲイルにとって最も警戒すべき敵は魔法使いだ。



(あの子だけ殺して逃げるって選択肢もあったんだけどな)


 死を望む者にそうしているうちに、魔法使いに気付かれる可能性は非常に高い。

 ゲイルの存在に気付けば、魔法使いはきっと魔法で攻撃してくるだろう。


 彼らの同行者を盾に……してみたところで、彼らは躊躇しないような気がする。

 それが自分たちがゴミのように扱っている者であっても、他の者であっても。自分の安全より優先はしない。

 そういう人種だ。




「……うぁ」


 男の一人が眠りながら呻いた。


 こんな状況でよく眠れるものだと感心するが、どうやら彼らはかなり優秀な冒険者のようだ。

 ゲイルのように、壁をゆっくりと這ってくるような生き物以外なら、その足音ですぐに知覚できるのだろう。


(なんでだろうな)


 不思議に思う。

 危険を冒す必要はない。何の義理もない。このままやり過ごしてしまってもいいはずなのに。

 彼らの会話の中で聞いてしまったからだ。



 ――影陋族の小娘が。



 彼らはこの被虐待者のことを、影陋族と呼んでいた。

 偶然なのだろうが、それはかつてゲイルが自らの名としていたものの響きと近かった。


 劣悪な環境で醜悪な扱いをされているそれが、自分の名と似ている。ただそれだけ。

 気まぐれのようなものだ。



(ま、一応の対処方法は知ってる)


 魔法使いだというのなら魔法を使わせない。最初に潰す。


 他の連中の物理攻撃がどれほどのものなのか、他に手段があるのかわからないが。

 なぜか今だけは、生存本能よりも自分の興味関心を優先させようと思ってしまったのだ。



 魔法使いの頭上からの自由落下。

 それだけでことは足りる。少なくとも最初のこの一人は。


 ちょうど息を吸い込むタイミングだった男の鼻の穴に、ゲイルのゲル状の体の一部が吸い込まれる。


「ふごぉっ!? ぼぐぇっがぁお、っかひ……」

「なんだ⁉」


 ゲイルの攻撃の一秒後には既に彼らは戦いの姿勢に移っていた。

 剣を構える男と、ゲイルの姿を確認して何か荷物を漁る男。


「お、おいアレク!」


 剣士が魔法使いに呼びかけるがもう遅い。

 ゲイルの体は魔法使いの喉まで達していた。


 全力で喉の辺りを捩じり切ると、魔法使いの手から力が失われ、目や耳、鼻から血のような何かが爛れ落ちた。



「ちぃ、ブラックウーズごときが!」


 剣士の男から目にも止まらぬ一閃が放たれる。


 最初からゲイルは視覚がないので見えるわけではないにしても、その一撃が非常に速かったことはわかる。

 大きく切り裂かれたゲイルの体。

 だが、どろりと戻ればまた繋がるのだ。



(いや、思ったより吹っ飛ばされたか)


 剣圧というのか、一振りでいくらかの体組織が吹き飛ばされてしまった。

 正面からやり合うのはまずいかもしれない。


「ちい、鬱陶しい」


 連続で攻撃されたら困ると思ったゲイルだったが、男は剣での攻撃が無駄だと思ったようだ。

 まあ洞窟は暗く彼らの周囲にしか灯りはないのだから、ゲイルの体積がどうなったのかなど見えなかったのだろう。


 切ってもすぐに元通りに繋がるということだけが印象に残った。



「ブーン!」

「こんな所で使うたぁ、仕方ねえか!」


 剣士ではない方の男が、荷物から出した何かをゲイルに向かって投げつける。

 何か、植物のような……?



 ――ジュウウゥウウゥゥゥ!


(痛い! やばい、これは――っ!)


 それに触れた部分が焼け落ちる。

 ゲイルの体が、激しい苦痛と共に減らされた。



「よぉし、効果ありだぜ!」


 彼らの声は明るさを取り戻す。


(おのれ、こんな……こんなものを……)


 ゲイルの心中から怨嗟の声が溢れる。


 ゲイルの身を焼いたものは、知っている。

 かつて生まれた水の中で、ゲイルをそこから追い出したのと同じ草だ。

 微かに光る水草。その枯草のようなものだった。



「神洙草様様だな。やるぞブーン!」

「おぉよ!」


 一気に攻勢に出ようと剣士はランタンを手にした。


「これでも食らっとけ!」


 投げつけられる。

 避けられるほど敏捷ではないゲイルは、投げられたランタンから溢れる液体と、そこに回った火で体表を焼かれる。


(痛い……痛い)


 痛みに体が震える。

 ゲル状の体が震える。


「効いてるぜ! こいつ炎に弱い!」


 その通りだ。

 炎に弱くない生き物なんているのか。ああ、大トカゲはそうかもしれない。


 だが、この程度なら我慢できる。

 神洙草とやらも、所詮は出涸らしの末端。新鮮なの痛みに比べれば我慢できる。



「コアを焼けば死ぬだろうよ」


 剣士が振りかぶる。

 躱せないのはいつものことだ。

 だから、いつも通り受け入れる。飲み込む。彼の腕ごと。


「うぁ、うっぎゃあああぁぁぁ!」


 全力で消化する。

 消火はどうでもいい。油がなくなったら勝手に消える。多少の痛みがあってもどうでもいい。

 少しだけ脅威だったこの剣士の腕を消化する。溶かす。


「お、俺の腕があぁ!」


 抜かれた。

 表皮を溶かした辺りで、腕を抜かれた。


 体内に彼の剣だけが残っている。

 剣士はとりあえず脅威度が下がった。そうするともう一人だが。


「ぎ、ギエロ……ひ、ひぃっ」


 先ほど神洙草などという不愉快なものを投げつけてくれた男は、二人の仲間の次に自分がターゲットになったことを悟ったらしい。

 完全に逃げ腰の状態で、溶かされかけた腕の痛みに喚いている仲間とゲイルを見比べた。



「あ、や……俺はごめんだぜ!」


 逃げるだろうと思っていた。

 思っていたが、追い付ける速度はない。ゲイルにそんな俊敏さはない。


 だが、逃げるとわかっていたなら準備も出来るのだ。

 魔法は使えないし急にジャンプなども出来ないが、出来ることだってある。


 体内に飲み込んだものを、ぷっと勢いを込めて吐き出すことくらいは出来る。


 力を込めて、たとえ刃が自分の体の中を切りつけていった所で、このゲル状の体には関係がない。

 狙いを定めて、逃げ出す男の背中に向けて、体内に残っていた剣を射出した。



 どす、と。

 良い剣だったのだろう。素晴らしい切れ味で男の背中に吸い込まれ、胸まで貫いた。


「が。ふぁ、んで……」


 何か呻いて倒れる男。

 ゲイルはゆっくりと這いずりながらその男の所に――


(……いない)


 腕を消化した剣士の姿がなくなっている。


 気づいてはいたが、それについてはどうしようもなかった。既に剣は射出してしまっていたし、他に体内にあるのは魔法使いの死体だけ。


 魔法使いの持ち物に短剣などがあったことに気が付いたのは後のことで、少なくとも剣士の姿が見えているうちには対処の方法がなかった。


 追いかけても追いつかない。

 あれが無事に洞窟を抜けられるのか知らないが、それも前と同じだ。かつても一人は逃がしてしまった。


 体の大きさや強度、小技など出来ることは増えているものの、俊敏さに関しては当時と何も変わらない。


 そういう生き物なのだから、今日はこの成果で十分だと思うことにしよう。

 人間二匹とその荷物。それと――



「あ……」


 膝を抱えたまま、黒い瞳でゲイルを見上げる小さな生き物。

 人間の女の子に見えるが、彼らはそういう扱いをしていなかった。


 ゲイルの体に回っていた火が消えて、辺りが暗くなる。

 けれど、彼女の目にはゲイルの姿が見えているようだった。隙間から差し込む月明かりのせいだろうか。


 逃げようともしないし、怯えもしない。

 ただ、真っ直ぐにゲイルを見上げていた。



「……母さん?」


 何から生まれたんだ、この子は。


 このゲル状生物を見てその感想はないんじゃないのかとゲイルは思うのだが。

 そういう出生だから人間扱いされなかったのだと言われれば納得しないでもないが。


「母さん……」


(だから、母さんじゃねえって。別にいいけど)


 それがゲイルとアヴィの出会いだった。



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