第11話 拾い物_1



 対応手段を確立してしまえば大した問題ではなかった。


 メラニアントはこういう種として進化を遂げてきたわけで、急にそれが通用しなくなったからと習性が変わるわけでもない。

 今までは洞窟内の食料を奪い合う関係だったゲイルとアリは、食う者と食われる者という関係に変わってしまった。


 食料としてみれば、アリは非常に優秀だった。大して探さなくてもたくさんいるし、エネルギー的にも大きい。

 ゲイルが捕食することで徐々にアリは数を減らして、別の生き物が増えていくのだった。



 衣食住が満たされると人の心は緩む。

 そうでなくともゲル状の体はたるみまくり。


 衣については関係ないが、少なくともゲイルにとって必要な環境は揃っていた。

 だから油断していたのだと思う。



(物音……足音か)


 人間の足音だった。

 洞窟の割と深い場所に。


 どうせ入ってこないと思い込んでいたので気にしていなかったのだが、永遠にそういうわけではないのだった。


(だけど)


 気になる。


 こんな奥まで侵入してくるというのは、何も考えていないバカなのか。そうでなければ――


(それ相応の実力があるってことか)



 可能性があるのなら、悪い方を想定して動く。


 ゲイルは天敵が不在――大トカゲは足音でわかるので常に回避している――の洞窟で食っちゃ寝生活に慣れてしまっていた自分の身を引き締めて臨むのだった。



  ※   ※   ※ 



 パーティ『不滅の戦神』は三人組のパーティだ。


 彼らの名を聞き歓迎する人間は少ない。ほとんどいないのではないだろうか。

 だが彼らを拒絶する者もほとんどいない。拒絶できるような力がない者が大半だ。


 強い。

 強くて、横暴。

 欲望に忠実で、享楽を欲する冒険者たち。


 その実力は新大陸に広く知られていて、またその悪評も同じく広まっていた。



「あそこの宿の娘か、ありゃあハズレだったな」

「田舎町なんてあんなもんだろ。むしろあの母親の方がよかったぜ」

「おお、たまには年増も悪くねえや」


 ぎゃははは、と下品な笑いを上げながら進む。



 洞窟内でそれだけの声を上げていれば十分に響くのだが、彼らは気にしないようだった。

 アレク、ブーン、ギエロという三人組のパーティで、特に誰が何を担当という決まりもない。


 彼ら四人……彼らの感覚でいうと三人と一匹は、長らく新大陸で人の出入りを拒んできたという魔境黒涎山こくせんざんに来ていた。



「おい! グズグズするな、屑が!」


 舌打ちしながら後ろから来る小さな人影に怒鳴りつける。


「は、い……」


 小さな体に大きな荷物を背負った人影から震える声が返された。

 黒髪に赤い目の小柄な彼女は、粗末な襤褸切れと白い首輪をつけているだけの姿で彼らの後を追う。


「ちっ、使えねえ影陋えいろう族の小娘が」

「そんなこと言っておめえが一番使ってんじゃねえか、ブーンよぉ」


 ギエロの下卑た笑いに、言われたブーンも歪んだ笑みを返す。


「そりゃあなあ。せっかくの道具だ、使わねえことはねえだろ」

「十年以上も使ってて飽きねえもんか?」

「馴染んだ道具ってとこだな。お前だって使ってんじゃねえか、アレク」


 ぎゃははと笑い声が響く。



 と、その次の瞬間に、闇の中を一閃が走った。


「――っ!」


 かちり、と。金属音が小さく鳴る。

 鍔を鳴らしてギエロの剣が収められると、どさりと重い音を立ててそれは倒れた。


「またロックモールかよ」


 切り落とされたのは人間より一回りほど大きな茶色の獣。


 少し深いダンジョンではよく見るモンスターだった。かなり強靭な筋力を持つ巨大な鼠のような姿で、その筋肉は生半可な刃は受け止めてしまう。

 ギエロの剣はそれなりに見事な逸品であり、ギエロの腕もそれに見合うものだった。



「本当にグィタードラゴンなんているのか。おい!」


 ギエロが声を発すると、遅れていた人影が慌てて走ってくる。

 荷物を下ろして、息絶えたモンスターの胸部をナイフで裂くのだが、ロックモールの肉は硬く切りにくい。


「……ちっ、愚図が」

「ここらで休むか。半端な敵ばっかりでちぃと色々と有り余ってきちまったわ」


 三人の下衆な笑い声に、モンスターを切ろうとする彼女の腕がひどく震えるのだった。



  ※   ※   ※ 



 四人の侵入者は明らかに今までの人間よりも強かった。

 いや、強いのは三人で、もう一人は荷物持ちというか雑用係というか。不遇な扱いを受けている。


 殺したモンスターの死骸の胸を切り裂き、小さな石だけを回収して進んでいったが。



(この先でっていうか、むしろ戦闘よりはしゃいでるんじゃないか)


 楽しんでいるのは三人だけ。受ける一人は声を押し殺そうとしながら嗚咽を漏らしていた。


 胸糞が悪い。

 ゲイルは彼らが残していったモンスターの死骸を消化しながら、その様子に少しだけ感情を乱していた。



 彼らは悪党だろう。決して善人ではない。

 善人ではないが、その強さは相当な水準にあると思える。彼らが倒したモンスターは洞窟内ではかなり強靭な部類だ。


 数の力でメラニアントに絶滅寸前まで追い込まれていたが、個としての戦闘力で言えば確実にメラニアントよりも強い。

 それを苦も無く一撃で倒してしまうのだから。


 強さに善悪など関係ないかもしれないが、この洞窟内で弱者が嬲り者にされて地面に転がされている姿はあまり愉快ではない。


 地べたに這いつくばり、涙を零している。

 死んだ方がマシだと思っているのだろう。



(……まあ、そういうこともある)


 生きていればいいことがあるなどと、根拠のないことは言えない。虐げられた者に対して言える言葉ではない。



 救えない。


 ゲイルはその弱者を救えないし、この強者どもは誰にも救えないだろう。

 ここには救われない者しかいない。


(せめて、ゼロにはしてやれるか)


 マイナスの日々よりはマシだと。



(別に関わる必要はないんだけどな)


 遊び疲れたのか眠る彼らと、わずかな啜り泣きの音。

 陰惨な仕打ちを受けても、その下衆どもから遠く離れようとはしない。


 何かに縛られているのかもしれないし、この洞窟内で力のない者が一人でいるというのは、それはそれで想像しがたい恐怖でもあるだろう。


 ランタンの光の届く中で寛ぐ三人と嘆く一人。

 ゲイルは、いつも以上に慎重に壁を這いながら、静かに彼らの近くまで移動していった。



  ※   ※   ※ 

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