第8話 アリとの生存競争_1



 死ぬまで、観察した。


 二人をなるべく溶かさないように気を付けながら、二人を観察した。

 二人というのが良い。一人ではなく二人だと会話が成り立つ。


 魔法使いも、この状況では満足に炎を出したり出来ないようで、少しだけ小さな炎を出して抵抗したが無駄だと悟ると後は死を待つだけの生きる屍同然だった。

 魔法の力を増幅する武器を失くしてしまった為か、あるいは言葉だけでなく何かの動作が必要なのか。それはわからない。


 二人の会話で、生きてるか、だとか、この醜い化け物が、というようなニュアンスはよく出てきたので覚えられた。



 なるべく長く生きるよう、一日に二度ほど水をやった。生水だが。

 水やり。植物を育てるような感覚。


 ゲイルの中で彼らの排泄物が垂れ流されることは、心情的には忌避を覚えないでもないが、他の動物のそれと同じとして考えないことにした。



「……」


 もう喋らないそれらを、感謝の気持ちを込めて飲み込む。

 いただきます、と。


 着ていた服も一緒に溶ける。というか服は既にすっかり分解されていたが。


 摂取できるエネルギーとしては、アリの死骸より少ない。

 しかし、少しだけでも人間の言葉を覚えられたことがゲイルにとっては収穫だ。



 ――母ちゃん、ごめんよ。


 足音を忍ばせる男の最後の言葉だった。

 何となく、母親を呼んでいるのだと察せられた。謝罪の言葉は既に理解している。


 彼らが善人なのか悪人なのかはわからないし、ゲイルにとってはどうでもいい。

 こちらの住処に侵入してきて、ゲイルと戦い敗れた動物というだけのこと。喋る生き物は珍しいがそれだけだ。


 いくつか消化しきれないものが残った。

 金属的な物や鉱石。それらはゲイルには価値がないので捨ててしまう。


 一つだけ、鉱石に似ていたが違うものがあった。小さな石だが、エネルギーの塊のようなもの。

 それは吸収出来たので食べさせてもらった。今まで食べたことがないものだった。



  ※   ※   ※ 



 多様なエネルギーを吸収することで、ゲイルの体は意思による制御できる強度が上がってきた。

 壁を這い、天井にへばりつく。



 天井には、以前に死骸を食べたことがある蝙蝠が大量に張り付いていることがあった。

 寝床なのだろう。


 油断しているその蝙蝠の群れを襲うと、数匹をまとめて取り込むことが出来て非常に効率が良い。

 彼らにとっては安全な寝床。ゲイルにとっては楽な狩場だ。


 そうして生きたまま蝙蝠を捕え、殺してみてわかった。人間が持っていた小さなエネルギーの石は蝙蝠の中に生成されている。

 落ちていた死骸にはなかったのに。


 どうやら死ぬ瞬間に持っていたエネルギーが結晶化するように心臓の辺りに収束して出来上がるようだ。



 落ちていた死骸は寿命で死んだせいで、結晶化するほどのエネルギーがなかったのかもしれない。小さいネズミなどにないのも同じ理由か。

 そういえば大トカゲに焼かれたアリの死骸にもなかったが、あれはほとんど炭化していたので焼けてしまったのかもしれないと思った。



 結晶化したそれは、普通に肉を食うよりもエネルギー吸収率が良い。

 ゲイルの体積を増していく。肥満する。


(……)


 集中してみると、体が引き締まる。

 粘度はそのままに、ゲイルの体が濃くなる。


 肥大化しすぎるのも不便かもしれないと思ったゲイルは、シェイプアップしながらその存在の密度を増していた。



  ※   ※   ※ 

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