第9話 アリとの生存競争_2
最初の人間からしばらくすると、時折人間が来るようになった。
時間を把握する感覚が非常に曖昧なゲイルには正確にはわからなかったが、一年に数度というところか。一年という捉え方も適当なものだが。
彼らの行動を見ることで新たな言葉を少しずつ覚えたり、この洞窟の出入り口を知ることも出来た。
もともとゲイルがいた水溜まりから考えると、かなり上の方になる。
洞窟はうねりながら分岐しながら広がっていて、隙間ならあちらこちらにあるが、人間が通れるほどの広さではない。
比較的開けた出入り口がぽっかり開いている場所。欲の深い人間を迎え入れるかのように。
一度出てみたらかなり険しい山の中腹で、彼らは麓から一日がかりくらいで入り口まで登って来ているようだ。
だが、ほとんどが何の成果もないまま帰っていく。
ゲイルとしてもまた捕食する機会があればと思わないでもなかったが、人間もそこまで愚かではないようだった。
逃げた男がゲイルや大トカゲのことを話したのか。だとすれば警戒されても仕方がない。
新たに訪れる人間たちの会話も聞きながら、彼らの目的を探る。
「もう目的は果たした」
そういう主旨の会話をしているようで、ゲイルにはわからないが成果そのものはある様子だ。
去っていく時にも残念そうな顔ではない。明るい調子で話しながら出ていく。
洞窟内ではなく、外で何かを入手している。
「神洙草」
誰からもそういう単語を聞くことが多かったので、それが何か関係しているのだろうと思った。
人間たちはこの山に神洙草と呼ばれるものを採取に来て、洞窟まで入るのはせっかく来たついでにと。
洞窟の浅い層であればアリも行かない。人間たちはあれをメラニアントと呼んでいた。
メラニアントは日光を嫌うようで、日が差すような場所には行かないようだった。人間もそれを承知しているようだ。
(……とりあえずどうでもいいか)
洞窟深くまで入ってこないのであれば人間を襲うこともない。
あまり浅い場所だとすぐ逃げられてしまうだろうし、あまり多くの人間を逃がして今度は駆除対象と見られても困る。
少しずつ力を増していったことで、ゲイルは次の段階に進もうかと思っていた。
アリ――メラニアントの数が多すぎる。
大トカゲはともかく、それ以外の良質な餌もあらかた食われてしまって食糧難だ。
まあ食糧難は言い過ぎかもしれないが、生存競争的にゲイルにとって最も邪魔な存在になっている。
天井に張り付いたまま、なるべく少ない集団のメラニアントが通るのを待っていた。
どれくらいか。時間はよくわからない。
それでも待っていればチャンスは訪れる。信じるとかそういうことではなく、ただ良い条件が揃うまで時間を気にせず待つだけ。
十匹に満たないメラニアントの群れが通りかかった時、ゲイルは天井から離れて自由落下に身を任せた。
「――っ」
ゲイルと違って口もあり呼吸もするこのアリは音を発する。
突如上から落ちてきた自分たちの二倍以上の体積の粘液に動きが止まった。雨の雫かと思ったのかもしれない。
だがゲイルが覆いかぶさった仲間のアリ二匹が、体と頭の体節をギュリギュリと捩じられるのを認識して、異常事態だと判断する。
「ギチギチギチ」
歯を鳴らしながらゲイルを取り囲み、手を伸ばす。
(お、おお、これは……)
削ぎ落される。
おろしがねで体を削られるように、メラニアントの手でゲイルの表皮が削がれる。
表面辺りはかなり硬くしているつもりなのだが、全く関係ないようだ。大トカゲの鱗にもダメージを与えていたし、この手のひっかきはかなり強い。
一匹なら大した問題ではなかったが、数匹に群がられてジャクジャクと削られてしまうと、ゲイルの体積がどんどんすり減ってしまう。
(このままじゃ全部持っていかれるな)
冷静に状況を分析する。
炎に焼かれた時は痛みがあったが、今はそうではない。冷静だった。
逆転の手はない。手なら相手の方が多い。
だが、この場所を選んだのはゲイルだ。何も考えていなかったわけではなかった。
仕留めた二匹のアリと共に、通路の脇に移動していく。
押しとどめようとした一匹のメラニアントをついでに飲み込んだ。体の中は三匹のアリで満員といった感じになってしまった。
アリの体積分も増えたゲイル。
飲み込まれたら不利だとして他のアリはゲイルの進む方向から退避する。
そこは洞窟の下層に落ちていく崖になっていた。
(目的は果たしたからな)
人間たちも目的以上の深追いはしないから生きて帰っている。ゲイルもそれに倣う。
捕まえたメラニアントもろとも、その崖から下へと落下していった。
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