第450話 公募は怖い

 今回は公募の話。

 電撃小説大賞の一次が発表されて、幸運にも短編が一つ、通過していました。しかし何やら応募総数と一次選考の通過数がおかしなことになっていて、驚いたり、困惑したりです。とりあえず、大爆死で終わらなくてよかったです。

 そもそもの前提として、僕の中では電撃大賞は応募数も大きいけれど、一次の通過数もそれなりにある、という感触でした。数字で言うと十パーセント以下、五パーセント以上くらいでしょうか。と言いつつ、ここ数年はまったく投稿してなかったので、かなり前の印象かもしれません。僕の個人的な数字では、今回は長編二本、短編三本で挑んだので、運が良かったかな。まさに運としか言えないです。

 スニーカー大賞には毎回、しつこく送っているのですが、こちらはこちらで一次の通過数がものすごい絞り方をしてきて、かなりな無理ゲーです。長編しか送れないので、その点でも数を用意できないので、難しい。

 さて、まだ総括するには早いというか、総括したくないのですが、今回の電撃大賞において、僕としては一番自信がなかったものが唯一、一次を通過しました。それが僕にとっての最大の驚きであり、困惑です。何が良いと評価されたか、判断がつきにくい。まずありそうなのが、主人公が高校生、というところ。これってすごく悩ましいんですが、ライトノベルは十代、ライト文芸は二十歳前後が主人公として相応しいのかもしれない。悩ましいというのは、主人公の年齢をその辺りにしてしまうと、出来ることがかなり限られるからです。もちろん設定などで工夫すると如何様にもストーリーを展開できますが、例えば十代の子どもに社会的な地位や実際的な経験が必要な仕事を任せる世界観がどれだけ強い説得力を持つかが、僕にはどうしても悩ましい。まぁ、説得力さえも作者の実力の一部かもしれませんが。というわけで僕が感じた今回のある種の強みは、「主人公の年齢設定」だけで、他はよくわからない、となります。

 それにしても、公募は怖いな、と改めて感じました。書いている人間の手応えや満足はほとんど意味がないし、ネット上にアップした時の反応もやっぱり関係がない。誰かが読んで、その誰かが面白いと思ってくれればそれで公募の一次を通過できる、というのはすごく残酷というか、見通せない暗闇の中に誰かが潜んでいるのを想像するような気持ちになる。まさしく肝が冷える。

 最後になりましたが、新代ゆうさんという方の長編が二本、一次を通過してますが、この人は本当に文章が上手いので、おすすめです。まさしく才能です。僕も才能が欲しかった。



2023/7/10

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