第365話 未来なんて待ってられない
今回は僕が最近、「実感」したかもしれない話。
カクヨムコンの短編の方に書こうと思いながら、整理がつかないので書けないままなのですが、つい最近、身内に不幸がありました。しんどいというほどしんどいこともなく、長い間、頭の中でそうなった時に何が起こるかをシミュレーションしていたので、とにかく冷静に、ことは進みました。故人はとにかく高齢だったので、来るべき時が来た、と言う感じです。
さて、故人の葬儀も終わり、納骨も終わり、残されたのは家一軒と、もはや持ち主を失った大量の「物」です。ちなみにお金はほとんどなかったようです。
で、僕の家族がその遺品ともいえない、大量のありとあらゆる「物」を処分することになるんですが、これこそがだいぶ僕にはショックだった。服は全部、ゴミ袋に突っ込まれるし、雑誌なども資源ごみになる。故人が書き溜めたメモなんかも、もちろんゴミになる。じゃあ、最後に何が残るのか、となると、まだ完結してませんが、本当に少しのものしか残らないと思う。
これとは別の話ですが、ツイッターでなんとなくフォローしているアカウントがあって、僕はまったく面識がないんですが、その人のお子さんが急に大病を患って、という場面がお正月にあった。無事に回復して欲しいと心底から願ってます。
自分のことを考えた時、何をするべきか、を考えるようになりました。いつかしよう、と思っていても、いつかはもしかしたら永遠に来ないかもしれない。一方で、自分が大事にしているものは、自分だけが大事にしているもので、他人からしたらゴミ同然、ということもなんとなく理解した。つまり、どこかで終わりが来て、命が消えるのと同時に、世界から痕跡もおおよそ消える。こうなっては今この時の個人の感覚、個人の価値観は生きる上で最重要で、誰がなんと言おうと、今できることは今、たった今、するべきなのでは、と思った。
と言っても、僕はアイドルのライブに行きたいと思っても行かないわけで、本当には割り切れてはいない。お金なんて残しても仕方ないから、と豪遊することもない。まぁ、本は買うかな。つい最近は三枝零一さんの「ウィザーズ・ブレイン」のKindle本を全て買いました。セールで半額だったので、本当に安いものですが。
どうでも良いことですが、僕が死んだら、納骨する時にスマホやパソコンを一緒に墓に入れて欲しい、と思ったりした。矛盾しますが、僕自身は未来に自分の痕跡を残したいとは思わないけど、スマホ一台、パソコン一台に記録されている「もう一人の僕」は、資料としては面白いのでは。僕のスマホが200年後くらいに、第一級の資料になるとか、笑っちゃうけど。
2023/1/9
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