第300話 この「反転」は既存の設定だろうか?
今回はちょっとしたSF設定のアイディアについて。
まずいくつかの前提を書かなくてはいけないのですが、最初は九十歳を超える祖母の「不自然な反応」から始まります。それは、毎日、同じ様な場面で、同じ言葉を、同じような口調で、独り言を言う、ということです。これが、なんというか、一昨日も昨日も今日も、変化がまったく存在しないので、僕には、不自然な人工知能が頼りない能力で言葉を口にしているような気がした。もちろん、祖母は人間だし、おそらく認知症的な影響があるか、そうでなければ習慣化と記憶力の低下の合わせ技で、僕が目の当たりにしている事態が生まれていると思う。
さて、仮にこの祖母の状態が、もし人間の人工知能化だとしたら? というところが、思いついたアイディアの基礎です。人工知能が人間にどれくらい近いか、みたいなものを調べるテストがおそらく「チューリングテスト」なんですが、では、この試験を逆用したらどうなるか。人工知能をテストするのではなく、人間をテストするわけです。そうすると、これは非常に恐ろしいことですが、「人間とは認められない人間」が生まれてしまうかもしれない。
これが長野県の人間だけが勉強するのか、全国で習うのかはよく分からないのですが「姥捨山」という教材が小学生の時に、道徳か何かで使われていた。何時代か知りませんが、ともかく、口減らしのために老人を山に捨て行く話です。
では、例えばなんらかの理由で、社会的に「人間とは認められない人間」を口減らしすることがあるか、というのが、今回のSFのアイディアからの分岐の一つになります。
これはすごく難しいテーマですが、もう大昔ですが、IQが流行った時があった。あったけど、例えばIQがものすごい低い人が社会的に弾き出されることは当然、なかった。似た感じでは、今でも使われているはずの偏差値も、偏差値が低いからという理由だけで社会から排除されることはない。進学や就職に影響があっても、それは個人の人生への影響であって、社会への影響はないからだと思われる。
それなら、社会に影響があったら……?
もっと進めて、仮に人工知能の知能、知性が人間を超えてしまうと、人工知能に劣る知能や知性を持つ人間が生じてしまうのだろうか。もし、人間並ではない人工知能が否定されたら、その否定された人工知能と同じ水準の人間も否定されるのか? あるいは、水準に達しない人工知能は自在に削除できるとして、同程度、もしくはそれ以下とされた人間はどんな立場になるのか。近未来、あるいは遠未来に食糧危機的なものが深刻になった時、姥捨山が、形を変えて再来するだろうか。
というわけで、人間の価値を、遺伝子や体質、才能などではなく、知的水準に求めるとどうなるのか、というのが、ふと思いついたアイディアの展開でした。あまりにも残酷なので、僕自身、使うのに勇気と工夫が必要だな、と思ってます。まぁ、時間を使って練ろうか、というところです。
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