#44 道化師の罠

――やっぱコスモつええ。

――ライオンハートもよく凌いだよ。凄まじい攻防だった。

――ヴァンピィさんの声ちょっと聞こえた? 女の声っぽい?


 配信画面に流れるコメントは未だ騒然としていた。

 その画面上でクロリスがコスモに言葉を向けた。


『それにしても意外ですね。貴方ならもっと視聴者を楽しませる戦い方をすると思ってました。

 今の速攻が決まってあっさり勝ってたら、折角集まったリスナーさんも拍子抜けしますよ』

『ああ、それなら心配してねえよ』


 それを聞いて、なんだそんな事かとばかりにコスモは笑い飛ばす。


『ヒナの作ったチームがそう簡単にやられるわけないからな』

『信頼してる、ということですか。かつての同志チームメイトを』


 コスモ、その信頼は重いよ。

 さっきの速攻だってギリギリ守りきれたくらいなんだからな。

 俺はバトルフィールドを改めて見る。

 コスモのコズミック・ドラグオンとグランパの操るトリック・ジャグラーは移動を開始し、フィールドの中央を通ってこちらの陣地を目指し始めた。

 一方で夜宵のジャック・ザ・ヴァンパイアはバトルフィールドの東側、夜のフィールドを進み敵陣を目指す。

 このままのルートであればそれぞれが遭遇することはないだろう。

 移動速度はスピードタイプのジャックが圧倒的に上だった。

 思った通り、パワータイプのドラグオンの移動はそれほど速くない。

 順調にいけば夜宵の方が先に敵のゴールデンマドールに到達する筈だ。

 俺もプロミネンス・ドラコを操作し、バトルフィールド中央を目指す。

 そこで配信画面のコスモに動きがあった。


『トリック・ジャグラーの左腕特性レフトスキル発動。ヒーリングボール!』


 先ほど右腕ライトパーツを自壊させたトリックジャグラーは、左手にボールを持ちドラグオンへ投げつける。

 ボールは青い竜皇の左腕に命中した。

 すると破壊状態だったドラグオンの左腕レフトパーツが再生し、装甲ヒットポイントゲージも大幅に回復する。

 さらにドラグオンを蝕んでいた融解メルト状態も消え去った。


Goodグッド! これでまたブラックホールシールドが使えるようになったぜ』


 ちっ、再生能力か。あのピエロは思った以上に厄介だな。

 折角苦労してコズミック・ドラグオンのパーツを破壊したというのに。

 ただヒーリングボールにはクールタイムがあるらしく、トリック・ジャグラーは自分の右腕を復活させることはすぐにはできないようだ。


「先輩、あのピエロを放置したらマズいっすよ!」

「そうですよお兄様。回復役ヒーラーを先に潰すのは勝負の鉄則です」


 ああ、わかってる。

 プロミネンス・ドラコは大きく羽ばたき、バトルフィールドの上空を移動する。

 そこで近くに浮かぶ雲の上に宝箱アイテムボックスが見えた。

 よし、あれを取ろう。

 俺はプロミネンス・ドラコを操作し、宝箱に向かう。

 そして赤竜が宝箱に触れると、アイテムの取得情報が表示された。

 ゲットしたのはロックオンゴーグル。

 いいぞ、これは使える。


「アイテム発動だ! ロックオンゴーグル!」


 俺は早速そのアイテムを使用する。

 プロミネンス・ドラコはゴーグルを装着し、その瞳は遥か遠くにいるトリック・ジャグラーを捉えた。


『マズイ。ヒナがアイテムを拾ったか。しかもあれは!』


 こちらの動きに気付き、コスモも動揺を露わにした。

 ロックオンゴーグルは遠距離攻撃の射程範囲を一度だけ大幅に伸ばすアイテムだ。

 向こうからはまだこちらを射程圏内に捉えられないが、こっちからの攻撃は一方的に敵を襲う。


「やれ、火炎球ファイアボール!」


 プロミネンス・ドラコが右手を正面に突き出すと、そこから炎の球が吐き出される。

 それは空気を切り裂く一筋の弾丸となって、遥か彼方に居るトリック・ジャグラーへと向かっていった。

 突然の奇襲にピエロは防御態勢をとる暇もなく、その額に火球が直撃する。

 炎は一瞬でトリック・ジャグラーの顔面へ燃え広がり、奴の首から上を焼き尽くした。

 トリック・ジャグラーの頭部ヘッドパーツが破壊され、奴の機能停止ダウンが決定する。


「おお! ナイス、ヒナ!」

「やったやった! 先に相手を一体倒したわね!」


 夜宵と水零もそれを見て沸き立つ。

 おうよ。このまま攻めるぞ。


 ピエロはその場で力なく倒れ、配信画面に映るコスモは片手で目を覆った。


Oh my badオーマイバッド。まさかウチの回復役ヒーラーが真っ先にやられるとは」


 よしよし。今の一撃は流石のコスモにも計算外だったようだ。

 このまま試合を優位に進めていきたい。

 そう思った時、画面の中のコスモのアバターがニヤリと口の端を切れ込ませたのがわかった。

 なんだ?


「キャア!」


 その時、隣から夜宵の悲鳴が響いた。

 そちらを見ると、彼女の操るジャック・ザ・ヴァンパイアの移動中に、突然足元の地面が盛り上がっていた。

 咄嗟の判断でジャックがその場所を飛び退くと、地面を突き破って鋭い角が姿を見せる。

 一瞬でも逃げるのが遅れれば夜宵のマドールはあの角に串刺しにされていただろう。

 そして地中から飛び出し、その敵の姿が露わになる。

 茶色い体の一角獣に跨り、黄金に輝くプレートアーマーに身を包んだ騎士型のマドール。

 右手に青く輝く槍を構えた槍騎兵がそこに立っていた。

 そこで夜宵は配信画面に目を向ける。

 マドールとは色違いとなる銀のプレートアーマーで全身を覆ったVが言葉を放った。


『ライオンハートのヴァンピィ殿とお見受けする。我が名はランス! クロリス様を守る誇り高き騎士である!

 私のマドール、グランドランス・ユニコーンが貴殿の道を阻ませてもらう!』

「っ!」


 突然の事態に夜宵が息を呑む。

 敵のマドールと夜宵のマドールの進行ルートは交差しないから、彼女は何の障害もなく相手のゴールデンマドールに辿り着ける。そう思っていた矢先の奇襲だった。

 トリック・ジャグラーの機能停止ダウンと同時に行われた、敵チームの控えマドールの参戦。

 しまったな。

 夜宵はシングルスでは熟練者だが、トレバトは初心者だ。こういう事態には慣れていない。

 やられた。俺は歯噛みしながら配信画面のコスモを見つめる。

 彼は得意げに言葉を吐き出した。


『トレジャーハントバトルは思考停止で目の前の敵を倒せばいいような単純なゲームじゃない。場合によっては敵を倒したことが裏目に出ることもある。

 ヒナ。この展開を想定できないとは、勘が鈍ったんじゃないか?』


 嫌味ったらしく笑うコスモを見て、俺は内心舌打ちした。

 くっ、奴の言う通りだ。

 奴はトリック・ジャグラーを囮にし、この奇襲を狙っていたのか。

 敵の目的は、こちらの切り込み隊長であるヴァンピィを潰すこと!

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