#15 うちの妹は甘えん坊で可愛い1
――光流はいい子だね。
それは小さい頃から言われ続けてきた魔法の言葉だった。
いい子だと誉められる。お父さんやお母さんに、あるいは学校の先生や近所の大人達に。
褒められるということは、自分は正しいことをしているのだ。
これからも『いい子』であり続けなければならない。
火神光流はずっとそう思ってきた。
「お父さん、お母さん、お仕事頑張ってきてください。お家のことは私に任せてくれれば大丈夫です」
――ごめんね光流。いつも寂しい思いをさせて。
「気にしないでください。私、一人でお留守番してても寂しくなんてありませんから」
家を空けがちな両親に代わって、掃除を、洗濯を、料理を自分でできるように頑張ってきた。
小学校高学年になる頃には、光流は家事を完璧にこなせるようになっていた。
彼女が成長するに従い、次第に両親は家を空ける日数が増えていく。
大丈夫。自分は『いい子』だから。
休日に両親が遊びに連れていってくれなくなっても。
自分の誕生日を忘れられても。
自分は大丈夫、我慢できる。だってそれこそが『いい子』なんだから。
「なあなあ光流、今日ウチに遊びに来ないか? 新しいゲームあるぜ」
人懐っこい笑みを浮かべながらそう誘ってきたのは、近所に住む一つ年上の従兄の少年・日向太陽だった。
光流はクラスの友達の間で流行っている最新のゲームを持ってないし、漫画も殆ど買わない。
そんな彼女は、時折彼の家に招かれて流行のゲームや漫画に触れることでみんなの話題についていくのだった。
太陽の家も両親は共働きで、日中は彼一人になる。
彼の家に遊びに行くと、太陽は光流をありとあらゆる方法で甘やかし、可愛がってくれるのだった。
「なあ光流、このお菓子食べていいぞ。美味しいからオススメ。
この前発売したこの漫画読んだか? まだなら貸すぞ。
とりあえずゲームやろうぜ、光流は何をやりたい?」
遊ぶゲームは光流に選ばせてくれるし、光流の好みの漫画やお菓子をいつも準備して出迎えてくれる。
彼女にとっても、そんな彼と過ごす時間は心地よかった。
「太陽さん、嬉しいですけど。こんな沢山の漫画持って帰れませんよ。二、三冊でいいですから」
「そっかあ、ごめんな。じゃあ今日貸したやつ読み終わったら、またウチにおいで。新しいの貸すから。
あっ、そうだ。ゲームもやりたければ貸すぞ。お菓子も持っていきな」
「もう、太陽さんはいつもそうなんですから」
いつも優しくしてくれる彼を見て、光流は苦笑を浮かべる。
しかしそんな日常もやがてが終わりが近づいていた。
ある日、両親から外国への転勤が決まったと告げられた。
むこうの支社に勤務すれば、今までのように出張で何日も家を空けることはなくなる。
光流と一緒に過ごす時間も増える、と両親は喜んでいた。
しかしその為に日本を離れるという事実に光流の心はついていけなかった。
それでも光流は『いい子』だから。
学校の友達や従兄の太陽と別れたくない。日本から離れたくない。
そんな気持ちを口にすることはできなかった。
だってお父さんもお母さんもあんなに嬉しそうに引っ越しの話を進めているんだから。きっとそれはいいことなんだ。
ワガママを言って両親を困らせるのは悪い子のすることだ。
そんな風に葛藤する日々が続き、ある時光流は姿を消した。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
真っ赤に染まった夕日が沈み、夜の
今日は休日。珍しく両親が家にいるものの、彼らに何も告げず家を飛び出してしまった。
きっと今頃二人ともカンカンに怒ってるだろうな。
何故こんなことをしてしまったのか、光流は自分で自分にうまく説明できなかった。
日本を離れるのは確かに寂しい。けど自分の我儘でお父さんとお母さんの仕事の邪魔をしたくはない。そんなことはあってはならない。
なのに今の自分は、ずっと目指してきた『いい子』の理想像とはかけ離れた行動をとっていた。
自分は何を望んでいるのか。何がしたいのか。
わからない。自分はどうなれば納得できるのか。
「光流、みーつけた」
唐突に聞き慣れた声が耳に飛び込んできた。
そちらに目を向けると、公園の入り口に太陽が現れていた。
「お前ってかくれんぼの時は、意外と近くに隠れるんだよな。良かったよ、うちの近所の公園にいてくれて」
そう言って彼は笑う。
きっと光流が家にいないことを彼女の両親から聞き、探しに来てくれたのだろう。
そう思うと申し訳ない気持ちが込み上げてきた。
光流は彼に何か言葉を返そうとしたが、声が詰まって何も言えなかった。
太陽はそんな彼女に近づくと、何も訊かずに手を差し伸べる。
「さあ、帰ろう。光流」
いつもと変わらない優しい声音に導かれ、光流は彼の手を取った。
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