#16 うちの妹は甘えん坊で可愛い2
「ごめんなさい叔父さん!」
光流が太陽に連れられて彼の家に行くと、すぐに彼の両親から光流の両親へと連絡が行った。
そして暫くして日向家に駆け付けた光流の父は、彼女の無事な姿を見て安堵の息を吐くのだった。
しかし光流の父が彼女に言葉をかけるのを遮って、先に口を開いたのは太陽だった。
「俺、光流と公園でかくれんぼしてて、ずっと見つけられなくてこんな遅い時間になっちゃいました。俺のせいで心配かけてごめんなさい。光流は悪くないんです」
それは大人からすればバレバレの嘘だったかもしれない。
それでも太陽が光流を庇おうとする気持ちに偽りはない。
毒気を抜かれた光流の父は、優しく言葉を吐き出す。
「わかったよ、もういいんだ太陽くん。さあ、光流も帰ろう」
父は穏やかな声で光流を迎える。
しかしその言葉を拒絶するように、彼女は太陽の背中に隠れてしまう。
「どうしたんだい光流? なにかお父さん達に怒ってることがあるのかな?」
ひょっとしたら引っ越しに関係して光流は何か不安や悩みを抱え込んでいるのかもしれない。しかしそれならそれで本人の口から話してくれなければ親としてもどうしようもない。
しかし彼女は太陽の背中に隠れたまま、固く口を閉ざしていた。
「光流、これ以上太陽くんに迷惑をかけるんじゃない。言いたいことがあるんならはっきり言いなさい」
少し語気が荒くなり、ビクリと光流が震える。
それを見て、太陽は背中に光流を庇ったまま叔父へと言葉を向けた。
「あの、光流が好きなゲームって何か知ってますか?」
「なに?」
唐突な話題転換に光流の父は目を白黒させた。
そんな反応に構わず太陽は言葉を続ける。
「俺、最初光流とRPGをやったんです。細かいステータスや技の効果を光流は中々覚えられなくて、すごくつまらなそうでした。最初はゲーム自体が好きじゃないのかもって思いました」
「何の話だね」
「他にも色んなゲームで遊んでみたら光流の好みがわかってきました。光流は単純明快なアクションゲームやシューティングゲームが好きみたいでした」
そこまで言われて、光流の父は太陽が何かを訴えようとしていると感じ始めた。
思えば、光流がそもそもゲームが好きなんて彼女の父にとっては初耳だった。
光流の家にゲーム機はないし、買って欲しいとせがまれたこともない。
「光流の好きな漫画は女の子が沢山出てくる日常系漫画でした。それと絵を描くのが好きで、漫画の絵をよく真似て描いてました。
俺が持ってる漫画にも興味津々だったんですが、彼女のお小遣いじゃ全巻集められなくて、だから俺が貸してあげたりしたんです」
光流が自分のお小遣いで漫画を買っているのは知っている。しかしお小遣いで買えないものをねだられた覚えは一度もなかった。
「あと、洋菓子より和菓子の方が好きみたいです。うちで出したお菓子の中でも饅頭とか羊羹とかをよく食べてくれました」
そこで太陽は一度言葉を区切る。
「最初はわからないことだらけでした。光流が何を好きで何が欲しいのか。こいつは絶対に我儘を言わないから」
そこまで言われて光流の父はようやく気付いた。
これまで光流はとても聞き分けがよく、家のことも手伝ってくれるし、学校の勉強だって好成績を維持している。
よその家で聞くような子育て苦労話などまるで無縁の、欠点一つないよくできた娘だとずっと思っていた。
しかしそれは間違いだった。光流には我儘を言えないという欠点があったのだ。
それは光流に長年、『いい子』の理想像を押し付けてきた日々の積み重ねの結果だ。
彼女が自己主張をしないことに何年も気付かず放置してきた身でありながら、今更光流に向けて「言いたいことをはっきり言え」などとは身勝手極まりないのではないか。
目の前の甥、日向太陽は抗議しているのだ。親達の光流への無理解を。
太陽はずっと前からわかっていた。
光流が自分のやりたいことや、欲しいものを一切口に出さないことに。
あるいは本人の中にもその答えはないのかもしれない。
それを理解した上で彼女に歩み寄ってきたのだ。
光流の好きなものがなんなのか、一緒に見つけようと努力していた。
「お願いがあります」
叔父の目を真っ直ぐに見つめながら、少年は真摯な気持ちをぶつける。
「光流を遠くへ連れて行かないでください」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
きっと何もしなければ光流は両親と一緒に引っ越してしまうだろう。
彼女は決して我儘を言わない。日本に残りたいなんて言う筈もない。
だからこれは太陽のエゴ、日向太陽の我儘だ。
その後、光流と太陽は子供部屋で待機することになり、日向家と火神家の親同士で話し合いが始まった。
二人はゲームで遊びながら待っていたが、暫くして太陽が大人達に呼び出される。
そして話し合いの結果を聞いた彼は光流の元へと舞い戻った。
「光流!」
太陽は息を切らせながら子供部屋に飛び込む。
びっくりした顔を浮かべる光流の肩を掴み、思いの丈を吐き出した。
「光流、俺の妹になってくれ!」
「えっ、どういうこと、ですか?」
目を丸くする光流に、太陽は言葉を付け足す。
「叔父さんたちが外国で仕事してる間、光流は俺と一緒にウチで暮らすんだ。
叔父さん達からも許可を貰った。だから俺の家族になってくれ!」
それは光流にとって予想もしてなかった話だった。
しかし彼女は申し訳なさそうに視線を逸らす。
「それは駄目ですよ。私はお父さんお母さん達を放っておけません」
『いい子』の光流が自分の我儘で両親と離れて暮らすなんて選択をするはずはない。
それは太陽も予想していたことだ。
だから彼は自分のエゴを通す。
光流が何を望んでいるかではない。自分が光流と一緒にいたいから、その気持ちをぶつける。
彼は光流の肩を掴み、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「光流! 俺さ、いつも一人で留守番ばっかでずっと寂しかったからさ。光流と一緒にいる時間がすごく楽しかったんだよ。もっと光流と一緒にいたんだ。
だからお願い! ずっと俺のそばにいてくれ!」
自分か両親かを選ばせるなんて、光流を困らせてしまうかもしれない。
それがわかっていても太陽は彼女と離れたくなかった。
彼の懇願に光流の心は揺れ動く。
いつも頼れるお兄さんだった彼が、我儘を通してまで光流を必死に引き留めようとしてくれている。
そんな寂しそうな彼を見るのは初めてだった。
「私は」
光流は口を開く。
「私は別に、一人でお留守番してても寂しくも何ともありません」
強がりの言葉を吐き出す。
太陽はそんな彼女を急かすことなく、その続きを待った。
「でも太陽さんがそんな寂しがり屋なら仕方ありません」
「うんうん、俺光流がいないと寂しくて泣いちゃうから」
大袈裟な彼の言葉に光流は苦笑を浮かべる。
そうか、自分は彼に必要とされてるんだ。
これが正しい選択なのかはわからない。
それでも光流は自分の意志で、大事な決断をした。
「本当に仕方のない人ですね。わかりましたよ、太陽さんが寂しくないように、一緒にいてあげます」
そうしてこの日から、二人は兄妹になった。
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