#7 太陽の告白
日付は変わり、時刻は深夜。
風呂から出たばかりの頃は元気にゲームをしていた夜宵も、うつらうつらと頭を揺らし口数が少なくなってきた。
眠そうに目蓋を擦る彼女を見て、俺は声をかける。
「夜宵、眠いならそろそろ寝るか?」
「んー、おかしいなあ」
俺の問いかけには答えず、自問するように彼女は吐き出す。
「私って夜行性の吸血鬼だった筈なのに、どうしてこんな時間に眠くなるんだろう? なんで真人間みたいな体になっちゃったのかなあ」
「いやいや、真人間になって結構じゃないか」
俺は苦笑する。
「ほら、辛いならもう寝ようぜ。部屋まで送るから」
タオルケットに包まれた彼女の肩に優しく手を置くと、夜宵はこくりと頷く。
ゲーム機とテレビの電源を落とし、夜宵の手を引きながら俺はリビングを出た。
廊下を歩いていると、彼女がふらつきながら俺にもたれかかってくる。
「おっと、仕方ないな。肩に掴まれよ」
好きな子との思わぬ接近にドキリとしながら、俺は夜宵に肩を貸す。
「うん、うん」
寝ぼけ眼の夜宵に寄りかかられながら、俺達は階段を上る。
そして夜宵の部屋のドアを開け、彼女を伴って中に入る。
「ほら、夜宵。ベッドについたぞ」
夜宵を肩から引き剥がし、ベッドに座らせようとする。
しかし予想以上に彼女の眠気は限界だったらしい。ベッドに腰掛けた瞬間、力なく倒れこんでしまう。
夜宵の無防備な寝顔を見る。
まったくこいつは。
人をドキドキさせておいて自分は呑気に寝てるなんてずるいぞ。
さっきまで彼女が体に巻いていたタオルケットは、ベッドに倒れた衝撃で乱れてしまった。
その下に着ていたピンクのパジャマがチラリと見える。
俺は改めて夜宵の体にタオルケットをかけ直してやる。
それにしても、熟睡してるなあ。
本当に無防備過ぎるぞ。
パジャマ姿を見られたくないとか、寝顔を見られたくないなんて前に言ってたのに、今ならどっちも見放題だ。
でもまあ、確かにドキドキするけどさ。
夜宵の穏やかな寝顔を見てると、ずっとこの平穏を守りたいって、そんな気持ちになるのだ。
夜宵は眠っている。
今なら普段ならできないようなこともできるぞ。
なあ、何がしたい? 日向太陽。
そうだな。
俺が一番やりたいこと、それは。
「夜宵」
眠ってる彼女に向けて、静かに言葉を紡ぐ。
「好きだ」
この気持ちを吐き出したかった。
「お前の笑った顔が好きだ。困った顔も照れた顔も最高に可愛くて好きだ」
夜宵は眠ったまま、無防備なその寝顔に俺は思いの丈をぶつける。
「美少女アニメを活き活きと楽しんでるところも、
起きてる彼女の前では絶対に言えないこと、俺の正直な気持ち。
「お前の全部が好きなんだ」
それを最後まで言い切った。
一ヶ月前、夜宵は言った。
普通の子と同じように学校に通って、友達を作って、『普通』に追いつきたい、と。
そして自分が『普通』に追いつくまで、俺に友達でいて欲しいと。
今まで友達も作らず、他人に興味を持たなかった夜宵は恋もしたことがないという。
だからこそ今は友達のまま、俺は待たないといけないんだ。
今、俺の気持ちを伝えれば彼女を困らせることになるから。
好きな子に告白すらできない、その抑圧された俺の感情が、眠ってる相手に愛の告白をぶつけるという行動に走らせた。
衝動的に全てを吐き出したところで、自分の心臓がどうしようもなくドキドキしていることに気付く。
今ので夜宵が起きたりしないよな?
彼女の顔を見る。相変わらず平和そうな寝顔だった。
「なあ夜宵、寝てるのか? 実は起きていて、全部聞いてたりしないか?」
そう問いかけるも、夜宵の口から吐き出されるのは規則正しい寝息のみ。返事など返ってくる様子はない。
俺の本心はどっちなんだろうな? 聞いてて欲しいのか、聞かれたくないのか。
答えの出ない問題に、今は蓋をする。
「おやすみ、夜宵」
彼女の頭を撫でようとして、止めた。
眠ってる女の子に触るのはマナー違反だと思ったから。
俺は夜宵に軽く手を振ると、電気を消して部屋を出た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
暖かな日差しを体に浴び、ゆっくりと意識が覚醒する。
夜宵が目蓋を開くと、最初に見えたのは自室の天井だった。
彼女は昨夜の記憶を掘り起こす。
ヒナと遅くまで遊んでいた記憶はあるが、その後のことは思い出せない。
ひょっとしてあのあと寝落ちして、彼が部屋まで運んでくれたのだろうか?
そうなると男の子の前で無防備な寝姿を晒してしまったということが急に恥ずかしくなってきた。
夜宵は頭を抱えて、なんとか昨夜のことを思い出そうとする。
なんでもいい、何か記憶に残っていることはないだろうか?
その時、ふと脳裏にある台詞が浮かんできた。
――夜宵、好きだ。
――お前の笑った顔が好きだ。困った顔も照れた顔も最高に可愛くて好きだ。
――お前の全部が好きなんだ。
あれは夢だったのだろうか?
夜宵は考える。この告白を受けた時、自分はどんな感情を抱き、なんて答えたのだろうか?
首を捻ってみるも、まったく覚えがない。
ならば、やっぱり夢だったのだろう。
あるいは寝ぼけ眼の夜宵に対して、ヒナが熱烈な愛の告白をしたという可能性もあるが、そんなことをする意味が分からない。
やはり夢だと結論づける方が現実的だと夜宵は思った。
彼女はベッドから起き上がり、着替えて部屋を出る。
ドアを開けたところで、丁度廊下にいたヒナとばったり出くわした。
「おう、おはよう夜宵」
「えっ、あっ、おおおおおおはようヒナ」
ヒナの様子は特に変わったところはなくいつも通りだ。
対照的に夜宵は取り乱してしまったことを内心で恥じる。
「あのさ、ヒナ。
「ああ、覚えてないか? お前がウトウトしてたから、部屋まで連れて行ったんだよ。階段とかは危なっかしかったけど、ちゃんと歩けてたぜ」
「そ、そうなんだ」
無防備に眠りこけたところを部屋まで運ばれたのかと懸念していたが、なんだかんだで自室につくまで意識はあったらしい。
その点は安心した。
しかし、と夜宵はヒナの顔を見つめる。
こっちは男の子に隙だらけの姿を見せたかもしれないと気が気じゃないのに、彼はそれがなにと言わんばかりに平時通りだ。
ひょっとしてドキドキしてるのは自分だけなのだろうか? 彼にとっては自分の寝姿なんて見ても何にも思わないのだろうか?
「そうだ。おばさん、朝方に帰ってたみたいだぞ。俺達も朝飯にしようぜ」
何事もなかったように彼は世間話を続ける。
夜宵の母はすでに帰宅し、寝室で休んでいるらしい。
母が夜勤明けの日は、前日の夕飯の残りや作り置きしたものを翌日の朝食に充てるのがこの家の常だ。
「うん、わかった。顔を洗ったら私も行くから」
「おう、じゃあ
それだけのやり取りをして夜宵はヒナと別れて洗面所へ向かう。
なんだか拍子抜けしてしまった。
――そうだよね。ヒナの周りには可愛い女の子がいっぱいいるもんね。
――きっと女の子の扱いには慣れてるだろうし、私なんかでドキドキしたりしないよね。
美人でスタイルのいい水零。
小さくてふわふわして可愛い光流ちゃん。
明るく元気でコミュ力満点の琥珀ちゃん。
彼の周りにはそんな魅力的な少女達がいる。
それに比べて自分はどうだろう? なにか取り柄と呼べるものはあるだろうか?
残念ながら心当たりはない。
ゲームをしたいがために半年も不登校を続けたりと、むしろカッコ悪いところを沢山知られている。
彼は優しいから表に出さないだけで、内心ではドン引きしているかもしれない。
洗面所につき、顔に水を浴びせながら夜宵は考える。
昨日読んだ漫画の影響で、ひょっとしたらヒナは自分のことが好きなのかも、とか彼に隙を見せたら襲われちゃうかも、とか色々な心配をしてきたが今思えば全て一人相撲だったのだ。
彼は自分のことなど一ミリも女子として意識していない。あくまで一緒にゲームをする友達。そんな認識なのだろう。
それに気付くと、急に悔しくなってきた。
――私だって女の子なんだよ、ヒナ。
――少しくらい。私でドキドキしてくれたっていいじゃん。
自分ばっかりドキドキさせられたのでは不公平だ。
夜宵の中でそんな気持ちが芽生えていた。
うん、そうだよ。
彼に復讐しよう。
色仕掛け作戦の始まりだ。
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