#6 お泊まり初日の夜

 夕食を終えた後、おばさんは夜勤へと出掛けていった。

 今日の分の勉強ノルマは既に終わっているので、これからは自由時間だ。


「夜宵、ゲームして遊ぼうぜ」


 そう言って俺はお泊まりセットに入れておいたゲームソフトと専用のコントローラーをリビングに持ってくる。

 普段夜宵の家に行く時は夜宵の持ってるゲームで遊んでばかりだが、今回は折角の機会なので俺の持ってるものからオススメのゲームを持ち込んだ。

 未知のゲームへの期待から夜宵が目を輝かせる。


「いいねえ、ヒナは何のゲーム持ってきたの?」

「これこれ」


 改めて俺はソフトと直径三十センチくらいあるリング状のコントローラーを示す。


「リングファイトアドベンチャーだ。聞いたことあるだろ?」

「へー、なんか運動するゲームってことしか知らないや」


 興味深そうに彼女はリング型コントローラー、通称リングコンを手に取る。

 そしてそれを眺めながらしみじみと言葉を吐き出した。


「今までピストル型コントローラーとか、手裏剣型のコントローラーなんか見てきたけど、世の中には変な形のコントローラーが沢山あるんだねえ」


 俺は夜宵のゲーム機、Standスタンドにソフトを差し込み、テレビに繋いでテレビモードの準備をする。

 Standスタンドとは携帯ゲーム機として使うこともでき、テレビに繋いでテレビゲームをすることもできる最新の家庭用ゲーム機だ。

 中でも夜宵の持ってるStandスタンドは、魔法人形マドールというゲームのキャラクター達が描かれた特別製である。

 以前俺と一緒にペアを組んで参加した魔法人形マドールの対戦会で優勝賞品として手に入れたものだ。


 今の夜宵はTシャツとショートパンツという動きやすい格好に着替えており、準備万端だ。

 テレビ画面にゲーム映像が映し出され、いよいよ物語が始まる。

 世界中の人に筋トレを強要する悪の筋肉魔王が現れ世界が危機に陥ったとき、主人公は相棒であるリングの精霊とともに魔王に立ち向かうというストーリーだ。

 敵との戦闘が始まり。画面にコマンドが表示される。

 プレイヤーはここで技コマンドを選択し、攻撃を行うのだ。


「さあ、夜宵。やりたい技を選択してみろ」

「えっと、じゃあこれで」


 少し迷った後、夜宵が選択したのはスクワットだった。

 テレビからリングの精霊のガイド音声が聞こえてくる。


『スクワット! 膝をゆっくり曲げて、腰を落として! お尻は後ろにつき出すように』

「えっ、えっ、えっ?」


 困惑しながらも夜宵は画面に表示された見本通りの動きを真似る。


『その状態をキープ』

「う、ううぅ、無理、無理だよお」


 中腰の状態をキープするという要求に耐え切れず、夜宵は背中から床に倒れ荒い息を吐き出した。


「スクワット二十五回とか、絶対無理だよお」

「キミの場合、一回もできなかったけどね」


 やばい。引きこもりの夜宵にはちょうどいい運動になるかと思っていたけど、彼女の体力の無さは想像以上だった。

 床に仰向けに倒れて息を吐く夜宵を見る。

 呼吸する度に彼女の胸の膨らみが上下する光景は正直とてもエロかった。

 目のやり場に困りながら、俺はフォローの言葉を吐き出す。


「まあ筋トレは無理なく自分のペースでやるものだよ。夜宵でもできそうな技コマンドが他にあるって」

「そ、そうだね」


 夜宵は上半身を起こし、リングコンを操作する。

 スクワットをキャンセルし、他の技コマンドを確認。

 椅子のポーズ、リング上げ下げ等々、それぞれの技には脂肪燃焼や体幹強化などの効能が書かれている。


「あっ、これならできそう」


 コマンド一覧を確認する中で夜宵は一つの選択肢に目を留める。

 リングプッシュ。リングコントローラーを押し込むという腕の運動である。

 なるほど、上半身を使うだけなので、これなら比較的楽かもしれない。

 ついでに効能も確認する。バストアップと書いてあった。

 なるほど。


 夜宵がカーソルをリングプッシュに合わせた状態で、少しの間沈黙する。

 そして俺に顔を向け、頬を赤らめながら言葉を放った。


「あ、あのね、誤解しないように。私はあくまでリングプッシュが楽そうだって思ったから選ぶだけでね。バストアップに釣られたわけじゃないから」


 俺が敢えて黙ってたのに、どうしてこういう話題を口に出しちゃうかなこの子は。

 お互い気まずくなるだけだと思うんですが。


「いや、別に釣られてもいいんじゃないか。女の子だしな」


 とりあえず当たり障りない答えを返してみる。

 しかし夜宵は不服そうに赤面したままだ。


「いや、その、ね。ホントに違うから」


 どうしようこれ。なんて答えるのが正解なんだ。

 胸のサイズを気にしていると思われたくないという意思は何となく伝わってくるが。


「そ、そうだな。夜宵の胸は今でも十分大きいもんな」

「えっ、えっ! うえええええええ!」


 メチャクチャ動揺された。

 顔を真っ赤にして泡を食った様子で、夜宵は控えめに主張する。


「あ、あのね、ヒナ。今のはちょっとセクハラ、ってやつじゃないかな?」


 これセクハラなの? そもそも最初に胸の話題に突っ込んだのキミじゃん。

 俺だってどう答えれば角が立たないか、メチャクチャ悩んだんだよ。

 実際、夜宵の胸は同世代の女子と比べても平均以上のサイズはあるように見える。

 あくまで目算であって、正確なサイズとかカップとか俺が知るわけもないんだけど。


「夜宵、違うぞ。これはセクハラではない。セクハラっていうのはな、性的な嫌がらせのことを指すんだ。今のは純粋な誉め言葉だからセクハラにはならないんだ」


 とりあえず適当な理屈で反論してみる。


「えっ、うーん、そうなのかな? そうなの?」


 俺の言葉を受け、夜宵はすぐに自信を無くし始めた。

 なんか言い包められそうだぞこれ。


「そうそう、俺のはいやらしい意図なんて一切ない純粋な誉め言葉なんだって。夜宵ちゃん可愛い! スタイルいい! おっぱい大きい! 色っぽい! セクシー!」


 とりあえずヤケクソで夜宵を説得にかかる。


「えっ、えっ、ヒナ! やっぱりこれってセクハラじゃないかな?」

「違うぞ。誉め言葉だ。キミは友達少ないから知らないかもしれないが、これくらいの会話は普通だぞ」


 絶対に普通じゃないし、百パーセクハラなのだが、友達も少なく世間知らずの夜宵は、自分の常識に徐々自信が持てなくなっていった。


「えっ、えーっと、そうなのかな。でも凄く恥ずかしいよ」


 リングコントローラーを胸元に寄せ、俺の視線をガードしようとする。

 やばい、恥ずかしがって真っ赤になってる夜宵、すげえ可愛い。

 っていうか、こんなんで言い包められちゃうなんて、本当にチョロすぎないか?

 マジで将来が心配になるし、俺が一生守らないと。

 改めて思う。

 やっぱり夜宵って最高に可愛いわ。


 その後、彼女は苦戦しながらもなんとか第一ステージの章ボスを倒した。


「はあ、はあ、やった。疲れた」

「お疲れ様、よく頑張ったな」


 第一ステージはチュートリアル的な内容ではあるが、スクワットの一回すらできない夜宵にすればよく頑張ったと思う。

 彼女は呼吸を整えながら、弱音を吐き出す。


「もう一歩も動けないし、明日から私、一生筋肉痛だよ」

「筋肉痛は不治の病じゃないからね」


 そんなやりとりをしているとゲーム画面にメッセージが表示された。


『初めての冒険はどうでしたか? 体のどの部分を痩せたい、どこに筋肉をつけたいなど、目標を持って筋トレをすると効果的ですよ』

「目標かあ」


 メッセージを読んで夜宵はポツリと呟く。


「夜宵はなんかあるか? 目標」


 そう訊ねると夜宵は、うーんと唸る。


「ムキムキになってボディビルの宇宙大会で優勝したいよね」

「壮大な夢だなあ」


 スクワット一回すらできない彼女には遥か遠い目標だろう。

 汗を滴らせて爽やかな笑みを浮かべ、夜宵は宣言する。


「ヒナ、私頑張るよ。ムキムキになってそのうち、指一本でヒナのこと木っ端微塵にできるくらいのパワーをつけるから」


 どうやら物騒な目標を立ててしまったようだ。


「まあ頑張ってくれ。気に入ったならこのゲーム貸すぞ?」

「ううん、自分で買う。ヒナより先にムキムキになるから」


 苦しい筋トレを乗り越え、もうやりたくないと言うかと思ったが、謎の向上心が芽生えたようだ。


「頑張る。バストアップ」


 誰にも聞こえないように小声で呟いたのであろうその言葉はバッチリと俺の耳に入っていた。

 夜宵は十分大きいと思うけどね。


「汗かいたし、お風呂入ってくる」

「おう、いってらっしゃい」


 フラフラと立ち上がった彼女は部屋の出口へ向かおうとしたところで、こちらへ振り向いた。


「あっ、やっぱりヒナが先に入る? お客様だし」

「いいよ。体冷やさない内に入りなよ。レディファーストってやつ」


 うん、と頷きながらも夜宵は頬を朱に染めて、こちらを見つめながら言った。


「覗くのは、駄目だよ」


 夜宵ちゃん、キミねえ。

 俺はなるべく紳士的に振る舞おうとしてるのに、どうしてそういうこと言うの?

 意識しちゃうじゃないか。


「夜宵、俺がコソコソと覗きなんてするような男だと思うか?」

「あっ、うんそうだよね。ヒナはそんなことしないもんね」

「そうそう、俺はコソコソなんてしない。堂々と乱入してやるから」

「乱入も駄目だって!」


 恥ずかしそうに上目遣いでこちらを睨んでくる。

 まったく恐くないし、むしろ可愛い。


「いいから、レディーのリフレッシュタイムを邪魔するほど俺は無粋じゃないよ。早く入ってきなさい」


 夜宵の頭をポンポンと撫でながら俺はそう告げる。


「わ、わかったよ。わかりました。お風呂行ってきます」


 彼女は不満げに口を尖らせながら、部屋を出ていった。

 さてと、ゲームでもして待つか。

 俺は紳士、俺は紳士、俺はジェントルマン。

 これから先、なにがあっても心を乱したりしません。

 丁度テレビにリングファイトアドベンチャーの画面が映っていたので、俺もやることにする。

 ゲームを進めていると、風呂場の方から物音が聞こえた。

 ドアを開閉する音、今から夜宵は風呂に入るようだ。

 しばらくするとシャワーの流れる音が聞こえてくる。

 う、うおおおお!

 意識するな俺! 紳士であれ!

 今、夜宵は壁を何枚か隔てたむこうで無防備な姿でとか、俺も一緒に入りたいとか考えるな!

 煩悩退散!

 そう念じながらテレビ画面を見る。

 悪の筋肉魔王との戦闘に入るところだった。

 うおおおおお! お前を倒す!

 俺はテレビの近くにあったヘッドホンを装着し、シャワーの音をシャットアウトする。

 やってやる! バンザイスクワット百回だああああああ!


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「お風呂出たよー! あれっ、ヒナ汗だくだね」

「おうよ、ちょっと脳みそまで筋肉になってたわ」


 夜宵の声が聞こえたので、俺はリビングの入り口へと振り向く。

 そして彼女の姿を見て言葉を失った。

 普段のワンサイドアップの髪型とは違う。三角のナイトキャップを頭に被り、顔の両側で緩く三つ編みにした髪をお下げにしていた。

 俺は照れつつも率直な感想を絞り出す。


「お、おう、三つ編み可愛いな」

「えっ、あっ、ありがとう」


 夜宵も照れた様子で言葉を返す。

 とても可愛い。これが夜宵の寝るときの格好なのか。

 クラスの男子は彼女のこんな姿見たことないだろう。

 お泊まりに来て良かった。

 しかし、無視できない点もある。


「で、その格好はなんなんだね。夜宵」


 夜宵の首から上だけ見て感動にうちひしがれていたが、彼女は肩からタオルケットを巻き、膝下辺りまでを覆っていた。


「いや、その、ね」


 夜宵はしどろもどろになりながら、頬を赤らめつつ理由を告げる。


「冷静に考えたら、さ。男の子にパジャマ姿を見せるのって恥ずかしいなーって気づいたの」


 はにかみながらそう言って視線を床に落とす。

 そんな彼女を前に、俺も照れつつも根本的な部分を指摘せざるを得ない。


「だったら男を家に泊める時点で、よく考えるべきだったんじゃないか?」

「だよねえ。あの時はヒナと遊べるってだけで舞い上がっちゃって、細かいことよく考えてなかったよ」


 純真すぎるだろこの子!

 そんな彼女を見て、俺の胸の奥から感動が沸き上がってくる。

 いい!

 恥じらってる夜宵、凄く可愛い!

 パジャマ姿すら見られたくないと言う純粋さ、とても尊い!

 恐らく彼女がタオルケットの下に着ているのは、以前この家に来たときに偶然見てしまった半袖短パンの夏物パジャマなのだろう。

 だが一度見られたからと言って、見られ慣れるわけではない。

 いや、慣れたりなんかしないでくれ。

 夜宵はこれからも恥じらいを忘れない無垢な女の子でいて欲しい。

 俺はそんな彼女を傍で見守り、愛でることができれば満足だ。

 思えば夜宵の体に性的な興味を抱いていた俺は間違っていた。

 夜宵の清廉潔白な心身は絶対に汚してはいけない崇高な存在なのだ。

 俺はそんな風に悟ってしまった。


 その後、俺は夜宵と交代して風呂に入った。

 ちなみに残り湯を飲んだりはしてないです。絶対に飲んでない! 妹に誓って!

 いや、でも正直好きな女の子が入った後のお湯って考えるだけでドキドキしちゃうのは許していただきたい。

 そして風呂から出たらまたゲームである。

 今度はピンクの悪魔が主役のアクションゲームを二人でプレイした。

 この丸いフォルムのピンクの悪魔は、敵キャラを吸い込んでその能力をコピーしたり、食べた敵を下僕として召喚することができるのだ。

 夜宵はピンクの悪魔を操作し、俺は下僕を操り協力プレイで冒険を進めていった。


「っと、やべ、体力ギリギリだ。夜宵、そっちの回復アイテム、口移しでくれ」

「く! くくくくく口移し!?」


 夜宵が素っ頓狂な声を上げる。

 このゲームはピンクの悪魔が下僕と口移しで回復アイテムを共有することができる。

 だからいくら口移しという言葉にセンシティブな響きがあっても、あくまでゲーム上の話なのはお互いわかってる筈なのだが。

 頬を紅潮させ、メチャクチャ動揺しながら夜宵は言葉を返して来た。


「そ、そうだね。ヒ、ヒナに口移ししないとね」


 ピンクの悪魔を操作し、下僕に回復をアイテムを分け与えてくれる夜宵。

 いやいや、なんなんださっきからこの空気は。

 もはやどんな話題でもギクシャクしてしまう気がする。

 夜宵は視線を逸らしながらぶつぶつと呟く。


「どうしてこうなっちゃうんだろなあ。ヒナと変な雰囲気になっちゃダメなのに」


 誰にも聞かせる気のない独り言のつもりだったのだろうが、ばっちり聞こえてしまった。

 ホント、どうしてだろうね。

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