第5話
赤の繋がり。
白の時間。
黄色の明日。
そのすべてが、少女――エイミーの体に流れこんできた。
『天使の鐘――“ベル”。
そして、愛を運ぶ“エイミー”。
私たちの、大切な宝物だわ』
『エイミーは、大きくなったら何になるの?』
“ん~……しょくにんさん!!色んな花で糸を染めて、服を作るの!”
『ふふ。歌も歌いながら?』
“もちろん!”
『ベルお姉ちゃん、見て!』
『わぁ……!きれいな青色ね、忘れな草みたい』
『図鑑で調べたら、“ネムリ”っていう花だったの。この辺りにしか自生してないんだって』
『へぇ。……あ。もしかして、それてお母さまにストールを作るの?』
『うん!喜んでくれるかなぁ……』
『ちょっと待って。エイミーが“リムネ病”ってどういうこと……?』
『“ネムリ”の花の匂いを吸いすぎて、まったく眠れなくなる病気です。すぐに染め糸作りを止めて、治療に専念して下さい』
『あのこに夢をあきらめろって言うの!?……もうすぐ、寄宿学校の芸術祭なの。その舞台で、エイミーは歌うのに』
『ベル。……わかりました、ドクター。エイミーを、よろしくお願い致します』
『お母さま……!!』
『……最後の夜に“おやすみ”を言えなかったから、ちゃんと寝れてるか心配で』
エイミーの唇が、シャボン玉の細棒から離れた。空にはポピーの花が夜風に舞い、金魚のように泳いでいる。
「まだ起きてて、やりたいこといっぱいあったのになぁ……」
涙は出ていない。なのに、少女がとても静かな声と優しい笑みをこぼすものだから、わたしもご主人さまも言葉を詰まらせてしまった。そうして、少女の肩にそっと手を置くご主人さまを見ながら、わたしは思った。この人には――エイミーには、終わらせたくない夢があったのだ。
「ひとりで眠るのは、怖いかい?」
「うん。……とても。目が覚めて“おはよう”を言えないことが――言える人が傍にいないことが、こんなに寂しいことだなんて知らなかった。でも……」
「でも?」
「ここにはたくさん花があるから」
「やさしいこだね」と、ご主人さまは少女の頭をふわりと撫でた。
「えっと……ヨルトリさん」
「何かな?お嬢さん」
「わたしも、お二人のお店に行けるのかな。お姉ちゃんに、お返事、したくて」
少女の言葉に、わたしとご主人さまはぱっと目を合わせた。そうして、ご主人さまはにこりと微笑んだ。
「もちろんです!ぜひ遊びに来てください」
わたし――ネムリは、声を大きくして答えた。
「壊れてなんかない。止まっちゃったわたしの時間は、お姉ちゃんとの思い出で動いてるよ。ちゃんと」
後日、わたしとご主人さまの店を訪れたエイミーは、生き生きと光に満ちていた。
「“ブライダルベールの四季カクテル”を二つ下さい」
「かしこまりました」
注文票のメモを終えたわたしがカウンターの方へ向かうと、“今日が二十歳の誕生日なんだね”とご主人さまはとても嬉しそうに笑っていた。
「今日、大人の女の子になったお姉ちゃんへの、プレゼント。夜まで内緒だからね?」
しぃっ、と口許に指を添える少女の姿に、「はい」とわたしも同じ仕草で約束した。
……きっと、あなたはまだ知らないね。
“ネムリ”の花の花言葉。
それは『大好きな人と一緒に』、『素敵な夢に解けて』。
あなたが見るのは、どんな夢?
こっそり教えてくださいな。
羊のネムリ なでこ @Zzz4sheep
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