第3話

「“夢”には昼と夜があってね。“こうなりたい”と無意識に見る“昼の夢”――白昼夢と、“こうだったらいいのにな”とある種意識的に見る“夜の夢”。私たちのような“夢贈り(ゆめおくり)”の中でも、両方を行き来できる人はいないんだ」

昔、ご主人さまがそう教えてくれた。人は――生き物は必ず眠る。体を休め、記憶を整理するために。休息の間にささやかなプレゼントを届ける“夢贈り”の存在は、人間界で言うところの“サンタクロース”だ。


とはいっても、届けるものが必ず良いものとは限らないのが、“夢贈り”の厄介なところ。わたしやご主人さまのように、花の届け物を預かり贈るものもいれば、依頼人から言葉を預かり、夢で呪いを念じるもの、吉兆や災いを知らせるものまで様々いるようだ。全ては風の噂にすぎないので、本当かどうかはわからないけれど。


「そろそろかな。準備はいいかい?ネムリ」

夜になると、ご主人さまがポケットから雲の懐中時計を取り出して、その時を待っていた。今日この店を訪れた、あの少女の妹さんの夢に入れる時を。わたしは襟元で曲がったリボンを直し、鏡の前で深呼吸をした。何度体験しても、誰かの夢に行くときはとても緊張してしまう。

「準備、できました!」

「うん。では行くとしよう」

そうしてご主人さまとわたしは、手を繋いで目を瞑った。次に目を開けて見る世界こそ、目的地だ。


『おはようお姉ちゃん』

“おはよう、エイミー。今日は早起きなのね”

『うん!今日からお姉ちゃん、寄宿学校の合宿でしょう?ちゃんとお見送りしたくて、目が覚めちゃった』

“そう。……ねぇ、エイミー”

『ん?』


“……あたしが合宿から帰ったら、一緒に海に行かない?ほら、前おばあさまが遊びに来てって言っていたアトリエ――”

『!もちろん覚えてるよ。でも、いいの?お姉ちゃん、今度進級試験があるって……』

“なに言ってるの。勉強はいつでもできるわ。でも、エイミーとのお出掛けは、夏休みにしかできないでしょう?”

『……うん。わたしも、早く退院できるように頑張るね』

“……じゃあ、行ってくる”

『いってらっしゃい!ベルお姉ちゃん』

元気すぎるくらい、ベッドの中からぶんぶんと手を振ってあたしを見送ってくれた妹。


『エイミーちゃんに、天使の迎えが来たわ』

合宿先の電話から聞こえた声は、あたしと妹が行こうと約束した、アトリエのおばあさまだった。

“嘘、嘘……そんなの嘘よ”

『あのこの“眠った顔”、久しぶりに見たわ。仔猫みたいにとってもやわらかくて、かわいい寝顔だった』

“!!”

どんな薬を使っても決して眠れなかったあのこが、眠った。あのこが眠れなくなったあの日から、一年と三ヶ月ほどのことだった。あたしはその日一晩中、完成させたキャンバスの絵の具を涙で滲ませた。

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