第2話 理由

「大峰くんは、世界を滅ぼそうとしているの」


 八賀さんは真っ直ぐな目で、こう言った。


 

 このパワーワードは、彼女があまりにもきっぱりと言い切ったため、ある種の説得力を持ち周囲に伝播した。少し離れた距離で俺を取り囲むクラスメートは、一様に眉をしかめて、口々にひそひそ話をし始めた。


 世界を滅ぼす…… 


 一瞬、何のことかわからず、首をかしげた。


 そんなワード、日常会話で出るとは思わなかった。ドラクエの新作が発売されて1週間限定で、出るかでないかの会話じゃないの。

 

 てゆうか……

 

 なんか、そんな大それたことを俺した……?


「ごめん」

 とりあえず謝って続けた。

「俺的には、そんな大それたことをした記憶がないんだけど、なんかやったのかな……? それとも、なんかのネタかなんか?」


「ネタ……?」

 彼女はふっと笑った。

「やっぱり気付いてないみたいね」

 

 周囲がざわざわしだし、俺は何を言われるのかと固唾を飲んで待つ。


「大峰くんが、持っているそれは何?」


 小柄な彼女はぴんと短い腕を伸ばして、あるものを指差した。

 それは、俺のスマホだ。


「スマホ……だけど、これがどうかした?」


「スマホじゃなくて、スマホに表示されているものよ」


 俺がさっきまでスマホで見ていたもの、それは今の時代ありふれたInstagramであった。


「Instagramだけど……。でも、これって皆大体やってるんじゃないの?」


 彼女はやれやれという風に肩をすくめた。


「いやいや、Instagramじゃなくて、そのInstagramで何を見てたのかってことよ」


「いや……、上高地まゆのInstagramだけど……」


「大峰くんは、上高地まゆをフォローしてるのね」


「お、おう」


 周囲が小石を水面になげたように、さざめき立つ。

 上高地まゆ。

 年齢47歳。

 所謂遅咲きのタレントで、モデル出身で最近めきめきと実力をつけ、立て続けに連ドラのわき役に出演してきている。


 しかし……

 ここで、俗に言う熟女と位置付けられる彼女を俺がフォローしている事実を、皆の前で発表してしまうとは誤算であった。

 なぜ、俺はこの時、浜辺美波のInstagramを見ていなかったのか、痛烈に後悔した。

 いや、待てよ。

 後悔することなんかないはずだ。

 ここは、堂々と彼女の魅力を伝えるしかない……!


「いや、最近彼女のInstagramが面白くて、毎回、凄い絶景をアップしてくるから、見てて癒されちゃって、これなんか凄くない?」


 俺は「ははは」と気まずく笑い、八賀さんにさっきまで見ていた上高地まゆのInstagramを見せた。


 しかし、その画像を見るやいなや、彼女の表情は一変する。


「その内容が問題なのよ」

 




 


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