第4話 お后様の秘密
ある日、ベッドに王子の姿はなく『ルンペンシュティルツヘン』という絵本がありました。
お后様は、真っ青になって椅子に座りこんでいます。王様は、腕組みをして空のベッドを睨みつけていました。警備が甘いと、護衛と侍女の数を増やしたのがよくなかったのかと考えました。近衛たちが彼らの取り調べをしていますが、犯人にたどり着きそうにもありません。
―― 目的はなんだ。
いくら考えても答えが見つかりません。王様は現実主義者です。小人や魔法使いなどの存在が王子と絵本を交換したのではなく、誘拐されたと考えています。
一番怪しいのはこの国で力のある公爵家の当主です。『子どもを作れない后に価値はない』とこの8年間、会う度に自分の娘を后にしろと迫っていました。
次は天文部の新しい副部長です。オーギュスト公爵の後釜は彼だろうと噂でしたが、王様は信用できなくなったのです。
王子が可愛いから攫ったということだって考えられます。隣国の密偵だってありえます。王様も今回ばかりはいい解決方法が浮かびません。王様は大きくため息をつきました。
すると、今まで青ざめていたお后様がきつく手を握りしめて、立ち上がりました。
「王様……」
「どうしたのじゃ?」
王様がお后様のほうにむきなおると、お后様は黙ってしまいました。手をぎゅっと握りしめて、唇を噛んだり動かしたりしています。やっと口に登った声はとても小さな声でした。
「……エミー以外の人払いを……」
エミーとは、お后様が実家から連れてきた侍女です。王様は一つ頷いて、護衛と侍女たちに出て行くよう手で追い払う仕草をしました。静かに扉が閉まる音がします。
「エミー、失せもの探しの用意を……」
「お嬢様、それは……」
「いいのよ」
エミーは頭を下げると、奥の部屋へ行ってしまいました。お后様はとても悲しそうに王様を見ています。王様は声をかけることができませんでした。お后様になんと言えばいいのかわからなかったのです。
しばらくして、水をはったお盆と黒い箱が運ばれてきました。
「…… 出来るなら、これを使わずに王様と暮らしたかったです」
お后様は、黒い箱に手をかけました。すうっとお后様の雰囲気が変わっていきます。髪の色も茶色から銀色に変わっていきます。王様は息を飲みました。今まで感じたこともない恐怖が襲ってきます。
「私、失せもの探しが得意ですの……」
その声は、お后様とは思えないくらい暗くてしゃがれた声でした。それでも、王様が愛したお后様の声だと王様は感じました。
「王様は、そこの椅子に座ってください。これから王様の大切なものを探しますから……」
王様が椅子に座ると、お后様は王様の正面に座りました。そして、黒い箱を開けてその中から黒い布を取り出しました。エミーがお后様のそばに絵本とお盆を置きます。
お后様は、王様の知らない言葉を唱え始めました。淡い光がお后様のまわりを包み始めます。
王様は目の前の光景が信じられません。逃げ出したい気持ちと知りたい気持ちで心の中は混乱してしまい、王様はお后様を見つめるしか出来ませんでした。
光が一瞬強く光ったかと思うと、ゆわっと水面が揺れました。
「王様の大切なものは、トンガリ、雲、本の中にあります」
「トンガリ、雲、本…… 天文部か!!」
尖った星見の塔に天文部があります。雲と言うのはおそらく塔の中の空の間だと王様は考えました。あそこには、天空の絵が壁一面に書かれています。天文に関する本も沢山置いてあります。行って調べる価値はあると判断しました。
しかし、王様は身動きできずに椅子に座ったままです。自分の目の前で起こったことがどうしても信じられないのです。お后様は悲しそうに、目を潤ませて笑いました。髪の色は銀色のままです。
「王様、王子を助けに行ってください。話はその後でいたしますわ……」
王様はお后様に聞きたいことがたくさんありました。しかし、今は王子の救出が優先です。
王様は椅子から立ち上がると、お后様の方に近寄りました。そしていつもより少しだけ強くぎゅうっと抱きしめました。お后様はびっくりしています。
「……ちゃんと待っているんだぞ。王子を取り返してきてから話を聞くからな」
◇
王様は無事に王子を救い出すことが出来ました。しかし、王様が王子を抱えて戻ってきた時には、もうお后様の姿を探すことは出来ませんでした。
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