第3話 小人が現れる??

 王様は、今日も、ゆりかごに寝かされている王子の頬をちょんちょんとつついていました。


 床に敷かれたラグの上いっぱいに積木が散乱しています。最近、はいはいができるようになった王子は、ラグ積み木で遊ぶことが多くなりました。今は遊び疲れたのかすやすやとお昼寝しています。王様はちょっとだけ残念です。


「最近、そちは王城の中をうろうろしていると聞いたが、何をしておるのだ?」

「はい」


 少し照れたお后様を見て、思わず王様は可愛いと思いました。黙ってお后様を見ていると、お后様は手を開いたり閉じたりしていましたが、少しずつ、口角をあげていきました。手の甲と手の平を交互に見ています。


「ふふ……王子の薬指が長いのが気になって、みなの指を観察していました」


 とても心配性なお后様は、いろいろ調べることにしたのです。すると、今まであまり気にしなかったことが見えてきました。


「そうか。何がわかった?」

「ええ。薬指が長い人には男の人が多くて、特に天文部と近衛にいる人が多かったです。あちこちまわって、本当に、いろんな手があるのだと改めてびっくりしましたわ。……それに、調べるってことはとても楽しいことだというのも知りましたわ。私、もっといろんなことを調べたいと思いましたの」

「そうか」


 王様とお后様は顔を見合わせるとふふふっと笑い合いました。その声に王子が目を覚ましました。王様は王子を抱き上げると、ぎゅっと頬を寄せました。すると王子がすこし体をのけぞらせて「あーあー」と積み木を指します。王様は、ちょっとだけ肩をすくめると、王子をラグの上にのせました。王子は、あちこちはいはいしながら積み木を握りしめて遊び始めました。


 ふと、王様の頬を生暖かい風が触ったような気がしました。王子がはいはいしながら進んでいる先に少し大きめな積み木がありました。それを見て王様はぎょっとしました。


 小人です。小人がじぃっとこちらを見ています。


 王様は小人を今まで見たことがありません。眉間に眉をよせて、慌てて王子を抱き上げました。ふりかえると、お后様ががたがたと震えています。王様は目で扉のところにいる護衛に合図をしました。護衛は、そっと寄ってくると、長い剣で小人に切りつけました。小人は消えてしまいましたが、護衛は首をひねっています。


「どうしたのか?」

「申し訳ありません。消えてしまいました」

「消えた?」

「はい。それに全く手ごたえがありませんでした」


 護衛が王様に小人が乗っていた積み木を渡しました。積み木と言うにはすこし重い気がします。それに、真ん中に小さな穴が開いています。逆さにしましたが、小人は出てきませんでした。ふむ、なるほど、と王様は思い、手に持っていた積み木をテーブルの上に置きました。しかし、お后様の顔は真っ青です。


「大丈夫だ。もう、小人はいない」

「……」


 王様は、王子を抱きかかえたまま、左手でそっとお后様の頬を撫でました。可哀そうに小さく震えているではありませんか。


「どうしたのだ?」

「あの……わたし……」


 王様は目配せをして侍女達と護衛に外に出て待つように指示を出しました。音もなく扉が閉まります。


「小人に責められている気が……」

「? 何か心当たりがあるのか?」


 お后様の心をこれ以上乱さないよう気をつけながら、精一杯優しい声で聞きました。もちろん、髪に手をあてることは忘れずに。


「昔、神殿で……」

「神殿で?」

「……」

「わしに言えないことか……」


 結婚して8年間、お后様のことをわかろうと努力してきたつもりです。しかし、お后様はまだ自分に心を完全に開いていないのかと思うとさみしい気持ちになってきました。お后様は王様から視線をずらして下をみながら、ぽつりと言葉を零しました。


「……たわいもないお願いです。……王様と結婚したいってお願いしました」


 この結婚は政略結婚でした。力のある公爵家に対抗して反対勢力の中でも力のない伯爵家の三女を選びました。それが、お后様です。王様はお后様が嫌々結婚したんだろうと思っていたので、お后様の言葉はとても嬉しく感じました。顔が思わずにやけそうになりました。ぐっと我慢です。


「……」

「結婚出来るならなんでもしますって言ってしまいました」

「……」

「するとどこからか声が聞こえてきて、『交換』と」

「?」

「……今まではそれほど気にしていませんでした。お金や宝石ならあげても構わないと思っていましたから。しかし、王子が生まれてからは……王子と交換されるかと思うと、心配で心配で……」

「それで、小人が来たと?」

「はい」


 お后様はそう言うと、大粒の涙をぽろぽろと零しました。王様はお后様をやさしく抱きめて、顎に手をかけました。そして、自分の顔がお后様の目にうつると口角をあげて優しく微笑みました。王子も小さな手をお后様の頬に伸ばします。王様は、王子をお后様の腕に渡しました。小さな温かさがお后様に伝わってきます。王様はゆっくり、はっきりと言いました。


「それならば。問題いらない。小人は誰かのいたずらじゃ」


 テーブルの上に置かれた積み木をお后様に見せました。


「これはな、中に凹んだ鏡が二枚はいっておる。それが、この中に転がっている小人のおもちゃを見せるのじゃ」

「鏡?」

「ああ。よくできておるが、単なる仕掛け箱じゃ。問題ない」


 そう言われて、お后様は仕掛け箱といわれた積み木の中を覗き込みました。中はゆがんだ鏡がはいっていて小さな小人が転がっています。さっき出てきた小人と同じです。小人の仕掛けがわかるとお后様は、すこし気持ちが落ち着いてきました。


「な。だから心配することはないのじゃ」

「しかし、神殿で『交換』と約束してしまいました」

「……そちは祈りの部屋におったのではないか? あそこは、しばらくすると扉に立っている子どもが『時間です』と声をかける仕組みになっている。おおかた、『交換こうかん』と『時間じかん』を聞き間違えたのではないか?」


 王様は仕掛け箱をテーブルに置くと、腕組みをしながら答えました。


「そんなこと……」

「まあ、わしはその場にいたわけではないからわからぬがな。しかし、『交換』とだけ言うのはおかしい。普通は条件を言う筈じゃ。契約としてなりたたんからな。

 それに、万が一、誰かに交換しろと迫られたときはわしに話してくれ。わしが、王子と后を守る」








 王様はじっと扉の方を見て、お后様に聞こえない小さな声で呟きました。


「問題は他にある」







 その数日後です。王子がいなくなって、代わりに『ルンペンシュティルツヘン』という絵本がおかれていたのは……。



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