4 舞台を降りた私だけのヒーロー <完>

 早いものでリアムに私の思いのたけを綴った手紙を手渡し、2カ月がたとうとしていた。いよいよ明日は学園際である。



「はあ~・・・それにしても意外でした・・・。」


青空の下、庭園のベンチに座りながら私は言った。


「え?何が意外なんだ?」


ヒューゴが絵を描く手を止めて私を見た。


「いえ、それはリアム様と過ごさなくなって2カ月が経過したのに、私が意外と平気で過ごせていると言う事です。」


するとヒューゴが顔を赤らめながら言う。


「ま、まあ・・・そ・それはあれだ・・・。俺が・・常にクリスの・・傍にいたから・・かな?」


「そんなものですかねえ・・・。」


私はたいして興味が無さそうに返事をすると言った。


「あーっ!駄目じゃないですか、ヒューゴ様。手を休めたら。明日は学園際なんですよ。それなのにまだ絵が完成していないじゃないですか。これじゃヒューゴさんの絵だけ飾れませんよ?」


「あ、ああ・・。そうだった。悪いな・・俺の絵のモデル引き受けてくれて。」


再び絵の作業に取り掛かったヒューゴが言った。


「いえ、別にいいですよ。どうせ帰宅部ですし・・。ふうー。それにしても雲一つない青空ですねえ・・。」


するとその時・・・バタバタとこちらへ向かって駆けて来る足音が聞こえてきた。何だろと思って振り向くと、何とあのリアムが血相を変えてこちらへ向かって走ってきているのだ。そして私の正面でピタリと止まった。


「え・・・?リアム様・・・?」


「ど、どうしたんだよっ!リアムッ!」


ヒューゴも慌てて私の隣へ駆け寄って来るとリアムを見た。


「ク、クリス・・・。君の手紙を昨日最後まで読んで・・それで驚いてずっとクリスを探していたんだよ。」


ああ・・・。とうとうリアムの姿ばかりか声まで聞こえてくる。


「私・・とうとう幻覚が見えているみたいです・・・。」


「「はあ?」」


リアムとヒューゴが同時に声をあげる。そうだ・・夢ならつねっても痛くはないはず・・。そして私は頬をつねってみた。


「ひたい、ひたい(痛い痛い)!」


ヒューゴが情けない声を上げる。


「あ・・す、すみません!どうやら夢では無かったようですね。」


「ねえ、だから夢では無いと言ったでしょう?それよりどうしたんだい?クリス。どうしてあんな手紙を僕によこしたの?どこかへ引っ越しでもするの?!」


リアムは慌てたように私に言う。


「え?!クリス・・・引越しするのか?!いつ?!」


「え・・?何を言っているのですが?2人とも。私は何所にも引っ越しなんかしませんよ?」


「だって手紙に書いてあったじゃないか。『さようなら、今までありがとうございました。私は貴方の事が本当に好きでした。』って。」


リアムの言葉に何故か隣に立っているヒューゴの顔が青ざめている。


「ですから、そのままの通りです。さあ、私に構わずにトーレスさんの元へいってくださいっ!明日は学園祭では無いですか。」


そう、明日は学園祭で夜は後夜祭が行われる。そこでカップルはダンスを踊ることになっているのだ。


「た、確かに明日は学園祭で・・大事な日だからナディアの元へ戻らないといけないけど・・・。」


リアムはオロオロしたように言う。ああ・・・やはりリアムの大切な人はナディアなんだ。するとまるでタイミングを見計らったかのようにナディアが現れた。


「あっ!リアムッ!こんなところへいたの?!早く戻ってきてよっ!」


「ああ・・ご、ごめん。すぐ戻るよ。クリス・・・それじゃあね・・。」


リアムが名残惜しそうに私を見る。


「はい、リアム様。どうぞお幸せに・・・。」


「え?その幸せにって意味が分からないけど・・あ、そうだっ!クリスッ!明日は講堂で演劇部の舞台があるんだっ!絶対見に来てくれるね?」


「はい、分かりました。」


だってリアムの姿を見つめる事が出来る最後の機会だもの・・。


「絶対に一番前の席で見てくれるね?」


「はい、大丈夫です。」


するとイライラした様子のナディアが言った。


「ほら、もういいですよね?行きますよっ!」


そしてナディアに急かされるようにリアムは歩いていく。そして何故かナディアはリアムの後を追わずに私を見ている。


「あの・・?」


思わず首を傾げるとナディアが言った。


「全くリアムは何所が良かったのか・・。」


小声で何か言った。


「え?今何て言ったんだ?」


ヒューゴがナディアに尋ねるが、彼女はツンとそっぽを向いた。そこで私は彼女に言った。


「トーレスさん。どうか・・・リアム様をよろしくお願いします。」


「ええ、言われなくてもね。じゃあね。」


ナディアは満足そうに言うと、去って行った。さて・・・。


「ようやく2人きりになれましたね。ヒューゴ様。」


「お、おう・・・!」


ヒューゴは顔が真っ赤になっている。


「では・・・今すぐ!絵を完成させて下さいっ!」


私はきっぱりとヒューゴに言った―。




 翌日―


花火が打ち上げられ、いよいよ学園祭がスタートした。帰宅部の私は暇人なので親しい友人と3人で一緒に色々なブースを見て楽しんだ。その中でも特に驚いたのは美術部の展示だった。


「嘘っ?!」


そこはヒューゴの描いた絵が展示されているコーナーだったのだが、それを見て私は仰天してしまった。何とそこに飾られている絵は目も覚めるような美少女が描かれていたからである。


「え・・ど、どうして・・?」


すると友人が言った。


「ああ・・・やっぱりヒューゴさんはクリスティーナの事が好きだったのね。」


「ええ?!嘘でしょう?!」


「「ええっ?!気付いていなかったの?!」」


2人の友人は声を揃えて私を見たが・・・。う~ん・・・本当にヒューゴは私の事が好きなのだろうか・・・?

幸い?ヒューゴの姿は見えなかったので、私たちの会話は彼に聞かれる事は無かったけれど・・まっさかね~・・・。


 そして私たちは舞台を観に講堂へと向かった・・・・。




 ああ・・・やっぱりリアムは素敵だ・・・・。今舞台に上がっているのはこの劇のメインヒーローであるリアムとヒロインのナディアが登場している。お互いに婚約者がいるヒロインとヒーローが互いに真に愛する相手に出会い、恋を成就させる王道の恋愛ストーリーである。


舞台上のリアムが言う。


「僕には許嫁がいるけど・・やっぱり僕の好きな女性は・・・君だと気づいたよ。どうか僕の恋人になって下さい。」


ン・・?どこかで聞いたような台詞だわ・・。


「本当に・・・?夢では無いのね・・?嬉しい・・・。」


ナディアは目を潤ませている。


うん、やっぱりどこかで聞いたような台詞だ。リアムの手には薔薇の花束が握りしめられている。そしてその薔薇の花束をナディアの方に・・向けずに何故か観客席に向かって差し出した。

それを見ていた舞台上の学生たちに戸惑いの表情が現れる。

そしてあろう事か、リアムが舞台から降りてくると私の方へ向かって歩いてくるではないか。


「え?え?」


私は頭の中がすっかりパニック状態だ。しかし、そんな私の慌てふためくさまを気にも留めずにリアムが言った。


「僕は今まで一度も君に自分の気持ちを伝えたことが無かったけれども、今こそはっきり告げます。クリス・・僕は貴女が大好きです。だからお別れなんて言わないでください。貴女を・・愛しています。」


「ええええっ?!」


私は思わず立ち上がり・・・舞台を観ていた人たちはこれも演出だと思い盛大な拍手を始めた。

すると黙っていられなくなったのか、舞台上のナディアが叫んだ。


「リアムッ!貴方の相手は私でしょうっ?!」


するとリアムが言った。


「ごめん、僕の好きな人はクリスなんだ。ナディアの気持ちは嬉しいけど受け入れる事が出来ないよっ!」


そしてリアムは私の右手を掴むと、出口に向かって駆けだした。

観客席の声援と、壇上で湧き上がる怒声が講堂に響き渡るのだった―。



 そして時は流れ・・・今、まさに後夜祭が始まろうとしている。それにしても今日は大変な1日だった。結局あの後、演劇部の人達に私たちは必死で頭を下げて謝罪し、散々説教をされてようやく解放された処であったのだ。


「ごめん・・・迷惑かけちゃったよね・・?」


リアムが私の右手をギュッと握りしめると言った。


「まあ・・少しは・・・。でも、とーっても楽しかったです。」


笑顔で答える私にリアムは優しく微笑み・・・徐々に私に顔を近づけてきた。

ま・まさか・・・。

ドキドキしながら瞳を閉じると、リアムの唇が私の唇に重ねられ・・・すぐに離れた。


「・・・・。」


「フフ・・・真っ赤な顔。とっても可愛いよ。」


リアムは私の頬に手を当てると言った。


「いつも隣にいるはずのクリスがいなくなって・・・僕は本当に君が大切だって気づいたんだ。だから・・・さよならなんて言わないでくれるかい?僕はね・・・君以外の女性とは付き合う気は全く無いよ。」


「え・・?だ、だって私はこんなに地味で冴えないのに・・・?」


するとリアムは私を抱きしめると言った。


「クリス以上に可愛い女性なんて僕は見たことが無いよ。だからヒューゴだって君に恋していたんだし・・・でもヒューゴにははっきり言ったよ。クリスには手を出すなって。」


私は信じられない思いでリアムの話を聞いていた。

そしてやがて花火が打ち上げられた。


「クリスティーナ。後夜祭が始まったよ。どうか僕と踊って下さい。」


優しい笑顔で右手を差し出すリアムの手を私は取ると言った。


「はい、喜んで。リアム様。」


そして私達は微笑み合った―。



<終>





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