第11話 三転
「あら? 今更何を言おうが負け犬の遠吠えにしか聞こえないわ。あんたは今から私に消されるの。通報しようったって無駄よ。この距離ならあんたが通報するより先にスマホを奪えるわ」
「奪ったところでもう遅いのよ。えー、スパリゾート湯ごもりにて、スタッフの黒川とデリバリー業者の水上により同じくスタッフの指宿千賀が殺害されました、と。加えて岩盤浴室で常連の別府剛が亡くなっていた事件に関しては、オーナーの由布院めぐみが客を中毒にさせる為に焚いていた麻薬の多量摂取且つ継続的摂取により死亡した、と。ヤクの売人の男3人もいるわね」
「今更そんなこと振り返って何になるの? 通話だって開いてないだろうし」
「ええ、通話なんて繋いでないわ。でももう遅いのよ。あなたの罪は多くの人間に見られてしまった」
「死に損ないが。精神錯乱か? 雑魚がたった4人集まっただけで何が多くの人間よ」
オーナーは勝ち誇り、かなみょんを見下している。だがかなみょんは既に勝機は我が手の中にと言わんばかりな余裕を依然として見せ続けている。
「4人ねぇ…… 可哀想に。目に見えるものだけで物事を捉えている愚かな悪人よ、私がここまで余裕を見せている理由が知りたい?」
「今日この場で死んじまう奴の言うことなんか興味はねえが聞いてやるよ。あたしは慈悲深くて優しいからね」
「なら分からせてあげるわ。私の異能の力でこんな状況容易く打破できるとね。最初に異能の力に覚醒したのは、そうね…… 5歳頃かしら。私はジャンケンに1度も負けなくなった。それから今までも1度足りとも負けた事はないわ。いわば私は極度な幸運体質なのよ」
「こいつ遂にイカれちまったか?」
「イカれてなんかいないわ。まだ続きがあるから黙って聞いてなさい。この状況、極度な幸運なんていう運否天賦では打破できない事は分かっているわ。でも私は他にも異能の力に覚醒しているの。そう、あれは12歳の頃だったか。小学校の卒業式の時にクラスメイト全員で担任の先生を胴上げしたの。そこで担任が空高く吹っ飛びすぎて、全員ビックリして受け止める陣形を崩してしまい、そのまま落下。全身複雑骨折してしまったの。原因は私の異能の力。常軌を逸したパワーに覚醒してしまったのよ。すぐに自分のせいだと分かって、中学の頃は家に引き篭ったわ、自責の念に駆られてね。それで自身の力をコントロールできるように、毎日毎日試行錯誤したわ。そうそう、引き篭もり出してからついでに始めたネット活動が今の地位を築き上げたってわけ。そしてこの腕力を制御できるようなるのに5年を要したわ。その頃にはもう小指一本で逆立ちできるようになったわ。制御できれば案外便利なものよ。マンションの8階に住んでるけど、エレベーターも階段も使わず、下から8階のベランダへジャンプでひと跳び。今では逆に生活に有効活用させてもらってるわ。さてさて、長くなってしまったわね。この力があれば貴方たちのような虫ケラは軽く捻り潰せるのだけど、先に死にたいのは誰かしら? 黒川? 水上? 由布院めぐみ? それとも薬の売人達かしら? 相手は誰でも結構よ」
「ハッタリに決まってるな、こんな口からの出まかせ。いいよ、もうお前から殺すよ」
オーナーが売人達に指示を出そうとしたが、被せるようにかなみょんがまた喋り続けた。
「そうね、ハッタリよ。じゃあここからは私の真の力を披露するわ。でもその前に先に言っておくわ。貴方はこの事件の目撃者である私たち4人を消せばそれで済むと思ってるでしょう。それは大間違いなのよ」
「あ? 今更何を言う。下の階に向かって助けを呼ぼうってか?」
「わざわざそんな事しなくても平気なのよ。私にはとても素敵で有能な軍勢-フォロワー-がいるんだからね。教えてあげるわ。私は事件発覚当初は2階のトイレにいたけど、悲鳴を聞いてすぐに異変を察知していたの。そこで直ちにライブ配信を開始していたわ。そう、今の今までずっとね」
我が国の言葉を理解できていない薬の売人達は別として、黒川も水上もオーナーも実に豊かな表情をしていた。驚きや困惑、不安など、負の感情が満ち溢れた顔をしていた。
「視聴者は……さすが異常事態。いつもより多いわね。えー現在499,996人。私たち4人を入れてザッと50万人ってところね。50万人の証言者がいるの。ここで私たちが殺されようが貴方達の犯した罪が消える事はないわ。こんな状況でどうしても足掻きたいなら、今から何処に住んでる誰だかも分からない50万人の証言者をひとりひとり探し出して殺す最悪の国内一周旅行でもやればいいんじゃない? 普通に考えて無理だと思うけど。あ、そうそう。アーカイブ配信って知ってる? ライブ配信が終了しても今回の音声や映像は全て保存されるのよ。しっかりと魚拓は残されるってわけ。文明の利器って素晴らしいわね。貴方達の敗因はこの時代に生まれてしまったことよ。あ〜惨め惨め」
かなみょんがズケズケと傷口を抉るような言い回しで罪人達にダメージを与えていく。
「クソが! クソがクソがクソがぁ! お前だけは生かして帰さねぇ!」
オーナーが怒りを露わにしてかなみょんに向かって突っかかって行った瞬間、1階がザワつきはじめた。
「その汚い手を離しなさい。もう貴方は終わりって言ったでしょう。そんな貴方に質問です。私がさっき事件を振り返るような独り言を吐いてから、一体何分が経過したでしょう?」
「んなもん知ったこっちゃねえんだよ!」
かなみょんにはまだどうやら秘策があるようだ。事件の全貌を全国に晒しあげるだけで無く、僕達全員で生きて帰ろうとしている。その秘策とは一体なんだ……? 時間の経過……ライブ配信……
「そうか! かなみょんは視聴者に状況を伝えるために、敢えてあそこで事件が何処で起きているか、犯人は誰であるかを告げたんだ! それで状況を察した視聴者が警察へ通報して、此処の状況を伝えてくれたんだね」
「そうよ、なんの考えもなくあんな発言するわけないじゃない。ただ警察と言えど瞬間移動はできないわ。時間が必要だったの。それから運良くもらえた時間で、支離滅裂で意味不明な戯言を吐き続けたってわけ。まあ時間稼ぎってところね。あんな嘘っぱちがアドリブでボロボロ出るなんて、さすが私ってところね」
そうこうしていると、武装した大量の警察が2階へ上がり込んできた。
「私たちの勝ちね」
諦めがついているオーナーと黒川と水上はあっさりとお縄についたが、薬の売人達は状況を飲めていないため、しばらく暴れ続けていた。とてつもない迫力であったが武装した大量の警察に勝てるはずもなく。すぐに逮捕されることとなった。僕と有馬と山代さんはすぐにかなみょんの元へ駆けつけた。
「かなみょんがいなかったらこんな所で人生が終わっていたかもしれない。本当にありがとう。最後の怒涛の展開、凄かったよ」
「かなみょ〜ん! ありがとう! マジ天使!」
「命を救ってくださり、感謝しても仕切れません」
窮地に陥っていた僕らを救出したかなみょんは、僕らから終わりのない感謝を浴びせられた。
「その辺でいいってば! 私達は事件の目撃者として、警察に全てを伝える使命があるわ。まだ役目は終わってないの、弛みすぎよ、全く」
そんなやり取りをしていると、一目見て偉い人だとすぐに分かる警察の幹部クラスのような、小太りでトレンチコートを羽織った男性が声を掛けてきた。
「すぐに事件についてお伺いしたい所ですが、現場の保存や犯人グループの護送手配など、やる事が山積みなので申し訳ありませんが、ちょっと待機していてもらえますか?」
全員構わないという結果に。すると山代さんがニッコリ笑った。
「待ち時間、かなり退屈になってしまいますけど、もしよろしければ……当店は雀卓があるんです。いかがです?」
「僕は打てますよ。いいですね、麻雀」
「俺も打てるぜ〜。点数計算できないけど」
「あれだけ壮絶な状況を繰り広げてすぐに麻雀だなんて、呑気なものね。まあ悪くないわね。やりましょう」
どうやら全員打てるようだ。
「それは良かったです! 参りましょう。こちらです」
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