第10話 一転、二転、形勢逆転

 突然の展開に慌てるオーナー。勝機を確信して笑みを浮かべるかなみょん。展開にワクワクする有馬。反応は様々だったが最初に言葉を発したのは山代さんだった。


「そちらも解決していたのですか!?」


「はい。正直な所、信じ難い事件でしたよこれは。世界に知れ渡る程の怪事件かと」


「して、犯人は……?」


「オーナー。貴方ですよ」


「オーナーが殺したのはありえません! 指宿さんの事件の直後に私が発見したので不可能ですよ!」


 山代さんがすかさずオーナーを擁護する。この人もこんな場所に採用されていなければもっと華やかな人生を送れたものの…… 信頼しているオーナーが重罪を犯していることを知ってしまうなんて、皮肉で残酷なものだ。


「山代さん。落ち着いて聞いてください。オーナーは直接手を下していません。別府剛さんはオーナーにより毒を投与され続け、結果死んでしまったといった形です。言わば間接的に殺害した形でしょうか。補足すれば別府剛さんが死んでいなくてもオーナーが大きな罪を犯した事は変わりません。別府剛さんが死をもってオーナーの罪を僕らに告げてくれた。置き土産ですね」


「と言うと? どう言うことだかハッキリ言ってもらわないと私には分かりません!」


「ここの岩盤浴室に充満させていたブレンドアロマ。その正体は忌むべき草花、麻薬ですよ。厳重に秘密にしていた第一ボイラールームで焚いていたって所でしょうね」


「え…… オーナー! 嘘ですよね?」


 雄弁は銀、沈黙は金とはよく言うものだが、この場でのオーナーの沈黙は認めたと言っても良いだろう。俯いてわなわなと震えている。


「嘘だと言ってください!」


 山代さんが依然として事態を飲めないでいる。飲めないというより認めたくないのだろう。


「月岡蓮太郎。この件について、具体的に最初から細かく話しなさい」


 かなみょんが静寂を破り、僕はそれに続いて全てを話すこととした。


「まず違和感を覚えたのはオーナーが別府剛さんの件であからさまに動揺していた事。そして別件と言えど警察をこの場に呼び出す展開を拒んでいたこと。この点からオーナーがやましい事を抱えているのは紛れもない事実です。なので僕は秘密裏に別府剛さんの件も並行して調査していました。

 それから別府剛さんがナンバーワンの常連である事をベースに調査をしていると、彼が日に日に酩酊状態で通ってくることが多いということが分かりました。しかし僕が遺体を調べた時に酒の類の香りはありませんでした。その辺りからですかね、オーナーが麻薬を焚いていると疑いはじめたのは。それから色黒のあきらかに不審な3人組がいて、その人達がオーナーのお得意様であったり、次々と疑惑を確信に変えるような要素が拾えました。つまり別府剛さんは麻薬中毒で亡くなったのですよ。リピーターの多い人気岩盤浴店が、まさか麻薬で中毒を起こし半ば強制的に客を虜にしていたとは。恐ろしいものです。当然人気ナンバーワンの別府剛さんは摂取量も他の客より段違いで多く、中毒死したのも頷けます。第1ボイラールームをあれほどまでに秘密にしているのは、恐らくあそこで麻薬が焚かれているからでしょう」


 僕が全てを話し切ると、有馬がスマホと取り出した。


「今度こそ警察の出番だぜ! 俺が通報する! オーナー、黒川、水上。大人しく待っておけよ!」


 画面をタップする有馬にオーナーが不意に駆け寄り、スマホを手から叩き落とし、即座に取り上げるように拾った。


「あーあ。黙って指宿の方だけ調べてりゃ良かったのに。優秀な推理をして、警察に踏み入られる事もなく殺人事件も解決できて全員万々歳だったのに、最後に余計な事しちゃったね。優秀すぎて痛い目に遭うとは可哀想なもんだよ。アンタは踏み入っちゃいけない域まで踏み込んでしまった。生きて帰れると思うなよ」


 豹変。今まで低い物腰で、言葉のひとつひとつが丁寧だったオーナーが本性を表したようだ。


「生きて帰らせてもらいます。スマホは一台だけじゃ無いんです」


 僕はオーナーから十分に距離を取り、ポケットからスマホを取り出した。110とプッシュをしようとした所で有馬の怒鳴り声が聞こえてきた。


「月岡! 後ろ!」


 気づくと背後には巨体が仁王立ちしていた。長くて太い剛腕を僕の身体へと回し、僕は瞬く間に羽交い締めにされてしまった。正体はさっき見かけた色黒の3人組だった。1人は僕の身体を締め上げ、もう1人が僕のスマホを取り上げて、更にもう1人が2階の出入り口を完全に封鎖するように見張っていた。


 体格差や有する力など、フィジカル面では圧倒的な差があった。拘束を強引に振り解こうとしたが、僕がもがけばもがく程、締め付ける力が強くなる。身体中に強い痛みが走る。苦悶の表情を浮かべる僕にオーナーが歩み寄ってきた。


「形勢逆転だよ、探偵気取りのクソガキ」


 それからオーナーは色黒の3人組で何語かも分からない外国語で話しかけていた。恐らく今の状況と今後のプランを軽く話したのだろう。そしてその後、黒川と水上を仲間へ引き入れようとした。


「アンタたちのしょうもない殺人のせいで危うく警察にバレる所だったよ。こいつらの始末に関して口外しない約束ができるんだったら、今回の件を水に流してやるよ。それどころか第1ボイラールームの管理者として高待遇で雇ってあげてもいいけど? 悪魔と契約する気はあるかしら?」


「まさか堕ちる所まで堕ちて、そこから這い上がる機会があるとは思わなかった。いいよ。悪魔にとことん仕えようじゃないの。ほらアンタも」


「俺はブタ箱送りを回避できるもんならなんでもやらぁ」


 悪人同士が最悪のタッグを組んでしまった。オーナー、黒川、水上。そして圧倒的な強さを持つ筋骨隆々とした薬の売人と思わしき3人組。多勢に無勢だ。僕は痛みに堪えつつ、脳を最大限に稼働させ、この場を打破する策を考えたが、全く閃かない。詰みだ。この展開は想定外だった……


「さーてと…… 山代。アンタにも選択権をくれてやるよ。私らと悪の道を歩む覚悟があるなら歓迎する。その気がないなら残念ながらここで死んでもらうよ」


「私が求めていたのはそんなオーナーじゃない! 貴方について行く気なんて……ない!」


 心から尊敬していた偶像はただの虚像に過ぎなかった。自分が情熱を注いでいた仕事は悪行の一端であった。そんな思いで、心をズタズタにされてしまったのだろう。山代さんが地面に顔を擦り付けるように泣いている。あんな仕打ちを受ければ誰もがああなる。深い悲しみと死への恐怖が完全に山代さんの精神を壊していた。


「あっそ。じゃあ死んでもらうよ。探偵気取りのガキに小うるさいガキ。それからアイドルもどきに山代。そして指宿と別府。死体が6つも上がることになるじゃん。こりゃ隠蔽するのに骨が折れるね」


 完全に僕らの士気が下限に到達していた。今からこいつらに殺されるのだろうか。こんな所で終われない。そう考えてもこの状況をどうにもできない。もうダメなのだろうか。そう考えていた矢先、余裕を見せていた人物がただ1人だけいた。かなみょんだった。


「小癪ね。小癪すぎるわ。悪人風情にマウントを取られるだなんて。あなたたちは勝ったつもりでいるのかもしれないけど、私がこの場へ降り立った時点であなたの敗北は決定していたのよ、由布院めぐみ」

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