第9話 決着、そして……

「えっ。犯人? なんの話ですか?」


 黒川が先手を打ってきた。しかしながら、そんなベタな惚けで突破できるほど僕の推理は緩くはない。


「仕事で来たんですけど、急になんなんですか? 俺は殺人なんてやってないですよ」


「そうですか。水上さん。貴方はエスパーか何かでしょうか? 僕は事件としか言っていないのによく殺人事件だと分かりましたね。なぜ分かったか…… それは貴方が犯人だから」


 水上は凡ミスをしてしまい、表情によく絶望した様子が現れている。


「あまりにもうっかりとした失敗ですね。ですが安心してください。その失敗があろうがなかろうが貴方達の犯した罪の全貌は既に露呈しているので」


 この発言にはたちまち黒川が反発してきた。


「貴方達と言ってますが、私は無関係です。達って何ですか? そこの人が殺人事件に関与していようが私は無関係です」


「指宿千賀殺害という大きなミッションを共に遂行した仲間を易々と売ってしまうなんて。さすがは悪人ですね」


「指宿さんが殺されたですって? そんな事があったんですね。それでこちらの出前の方が犯行に及んだ、と。そこまでは理解できますが、貴方さっきから失礼ですよ。関係ない私を犯人扱いまでして。確かに私は昼頃、出前の手配をしました。でもそれは指宿さんから直々に頼まれてたものですから」


 すると慌てた様子で黒川がハンドバッグをガサガサと掻き回した。手帳を取り出すと、手帳に挟み入れていたメモ用紙を一枚突きつけてきた。


「これが証拠です」


 安堵の表情を浮かべている。メモの内容は、注文内容や支払い先、配達時間等が記してあるものだった。それを真っ先にオーナーと山代さんが2度も3度も確認していた。


「紛れもなく指宿さんの字ですね」


「ですねぇ……」


「そうです。指宿さんの字です。『これよろしく』とだけ言われてこのメモを渡されたから、私がフロントの電話を使って注文したんです。私が無実であること、これで分かりました? 指宿さんが私に出前の注文をするようにお願いしてきて、それで出前の人が勝手に殺したんじゃ、私は関係ありません。差し詰、指宿さんの性格的に商品受け渡しの時にトラブルがあって出前の人の怒りを買ってしまった、そして衝動的に殺害されてしまった。こんな所でしょう」


 黒川の呼吸が整いつつある。オーナーや山代さんの後ろ盾もあり、どうやら逃げ切れるつもりでいるようだ。完全にイニシアティブを掌握した気でいる。だがこれも所詮予測していた言い訳だ。依然としてアドバンテージは完全に僕にある。


「残念ながらその言い訳は通りません。むしろ貴方が物的証拠を自ら提出してくれてこちらとしてはありがたいと思っています。指宿さんがそのメモを書くわけがないのです。指宿さんって菜食主義でハンバーガーなんて注文するわけがないんですよ。知りませんでした? まあ殺したいほど憎い相手の嗜好なんて把握してるわけがないですもんね」


「さっきから一向に食い下がらずに…… アンタなんなのよ! クソガキの癖に探偵気取り? アンタにあいつの何が分かるっていうの?」


「失礼。あまりにも自分の推理が当たっているので少しつけ上がっていました。それと、あいつの何が分かるのかと問われても…… 少なくとも菜食主義であることは知ってます。ところで、年上の上司に対してあいつ呼ばわりですか。明確に嫌悪感を露わにしましたね。メモに関して掘り下げましょう。貴方は指宿さんの業務日誌を盗んでいたそうですね。とあるスタッフから聞きました。盗みを働いたのは単なる嫌がらせだとそのスタッフからは思われていたようですが、まさか今回の殺害への布石だったとはね。貴方にとっては研究資料の調達といった所でしょう。筆跡を寄せる為のね」


 黒川の喉元から、女性とは思えない程の重低音の、声にならない唸り声が聞こえてくる。どうやら僕の推理は完璧に当たっているようだ。


「その反応は、罪を認めたということでよろしいですね?」


「月岡〜、俺たちを置いてけぼりにするなよ〜。こいつらが殺したのはいいとして、どういうトリックでやったとかその辺解説してくれよ」


 ずっと黙って見ていた有馬がじれったそうに解説を求めてきた。プロの警察や探偵じゃあるまいし、推理に100%の自信があるわけじゃないけど、犯人は間違いなくこの2人だから自信を持って推理を述べることとした。


「順を追って話すね。まず言うまでもないけどさっきのメモに関しては完全なアリバイ工作だよ。筆跡を寄せた上であのメモさえあればあたかも指宿さんが注文したかのようになるからね。あのメモを自分で書いて、自身のアリバイを証明するかのように伊香保さんに見せた上で出前が来る旨を伝えたんだ。何の疑いも持たない伊香保さんは出前を通すことになる。そして自身は颯爽と帰ってゆく。黒川の行動はこんな感じかな」


「じゃあ水上の方は?」


「黒川の手引きで容易に入館できるのは分かったよね? 水上の動きとしては、あとは指宿さんを殺すだけ。誰からも一切の疑いを向けられず2階へ上がって行きそのまま殺害さ。不可解に思われないように食事を置いてそのまま退散といった算段だね。少し時を進めて、事件発覚後の現場の様子に戻ろう。有馬、どんな状況だったか覚えてるね?」


「おう、アレだろ。胸部を刺されているのに凶器が見つかっていない。血液が水っぽくサラサラしていた。みんなで調べたよな」


「そうだね。凶器が見つからなかった理由。それは鋭利な氷で突き刺したからだよ。溶けてなくなってしまったんだ。だからその溶けた水と血液が混ざって、妙にサラサラした水っぽい血液だったんだ」


「そういうことだったのか! それなら指紋も残らないし凶器も見つからない。他人事だけどかなり恐ろしい計画だな」


「月岡蓮太郎、なかなかやるじゃないの」


「実は伊香保さんから話を聞く時に、マッサージを受けに来た客だと思い込まれて『身体流してからにして』って言われちゃってさ。半ば強引に大浴場送りにされちゃったんだよ。そこで大浴場にあったアイスサウナを見たんだ。室内には所々氷柱が張っていたよ。その氷柱が今回の凶器を導いてくれたんだ」


「だからあんなに時間がかかってたのか!」


「あの時はこっちもいろいろ大変だったんだからね! まあその時の事は、事件解決後にのんびりと話すよ……っと脱線してしまったけど、その氷のナイフを運ぶ為のクーラーボックスだったんだよ。おかしいもんね。ハンバーガーとポテトを運ぶのにクーラーボックスだなんて」


 黒川と水上は完全に戦意喪失している。殺害方法に関してもドンピシャのようだ。指宿千賀殺害に関しては決着がついただろう。


「月岡様、貴方に協力して頂けたのは不幸中の幸いと申しましょうか…… 犯人は見事探し当てて頂き感謝しても仕切れません。ありがとうございました。後は私が2人を警察へ送り届けます」


「まだですよ。事件は全て解決できていません」


 シラを切り、場を流そうとしているオーナーを僕は見逃さない。


「別府剛殺害事件がまだ解決していません。さぁ、第2ラウンドの始まりです」

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