第7話 止むを得ず大浴場へ

 男湯の脱衣所へ着いた僕は真っ先にアカスリコーナーへ行った。スライド式のガラス戸を開くと芦原さんの話通り伊香保と書いてある名札をつけた女性がいた。幸い、他の客がいないのですんなり話が聞けそうだ。


「すいません、ちょっとお話をお伺いしたいのですが」


「話とかいいから。施術を受けるならまず身体を流してきな。君、髪は濡れてないし身体もほてった感じがしないし、館内着を着てるわけでもないからまだ湯に一度も浸かってないでしょ」


「お話だけ聞きたいだけなので……」


「冷やかしなら帰りな。施術を受けたいなら身体を流してくる。どうすんの?」


「身体流してきます!」


 芦原さんの真逆で極度にサバサバしている。この人が去年までフロントを務めていたというのは想像し難い。止むを得ず僕は大浴場で身体を流す事にした。大浴場へ一足踏み入れると、湯に浸かりたい欲望に襲われたが、一刻を争う状況なのもあり強い理性が欲を鎮めた。


 シャワーでさっと身体を流すだけで済ませようと考えていたが、そこそこ珍しい物が僕の目に留まってしまった。サウナルームに隣接した小部屋。戸が開閉するたびに白い靄が漂っていた。近くに寄って見てみると、そこはアイスサウナだった。


 文献でしか見たことがなかった。その役割は水風呂に近い。サウナは極度に暑い空間であるが、アイスサウナは極度に寒い空間。サウナでほてった身体を冷やすことができる。水風呂以上の冷却作用があり、余程のサウナ通でない限り耐えられないんだとか。


 事件を解決した後に入ろうかと考えたが、1度湧いた好奇心は上限知らずで、僕の心から湯水のように湧き出てくる。僕は意を決してアイスサウナへ入る事にした。


 しかしながら、いざ入ろうとすると、1歩踏み出すだけでも引き返そうと思うほどの寒さだった。無理もない。僕はまだサウナに入っていないどころかお湯にすら浸かっていないのである。中はまさに北極圏。突如自身が北の最果てへ飛ばされたが如く冷え切っていた。耐え切れず忽ちアイスサウナから抜け出した。中の様子はほんの一瞬しか見ることができなかったが、凡ゆる所に氷柱が張っていた。結露が凍ってできたものだろうか?


 僕はアイスサウナを後にしてシャワーを浴びた。軽く身体を流していると、ふとアイスサウナの情景が脳内で引っかかった。なぜ引っかかっているのか。考えに考え、僕が思索に耽っている間シャワーのお湯は出しっぱなし。だいぶ無駄にお湯を浪費した頃合いで僕は閃いた。なぜアイスサウナに入ってからアイスサウナの情景が頭から離れなくなったのかが。


「そうか! 分かったぞ!」


 感極まって独り言を発してしまった。なぜなら、また1つ事件に関するピースを手に入れることができたのである。証拠がだいぶ固まってきた。これで残すは共犯者の特定のみ。伊香保さんから情報を聞き出そう。

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