第6話 色黒の3人組
僕は岩盤浴エリアのフロントスタッフである箱根さんから、今日起きた出来事についての聞き込み結果を2階で待機している3人に共有した。
「そんなわけで、ダメ元で出前の線も追ってみようとしたらまさかのまさか。不審すぎる出前が来てたというわけ」
「有馬翔の手柄というわけね。やるじゃない」
「かなみょんが俺を認めてくれた!?」
「図に乗らない方がいいわ。事件はまだ解決していない。それに、いくら出前が不審だったからって、出前が意図して来ることは不可能という点がクリアできていないわ。注文も受けてないのに注文を受けたという事にして、強引に2階へ上がっていく線もさっき考えてみたけど、それだとフロントで止められるわよね?」
「そうだね。その通りだ。でも間違いなく出前の人はクロだと思う。どのようにして犯行可能になったのか……」
しばらく考えに考え、長らく思索に耽っていたが、振り出しから整理していた際に解決の兆しが見えた。
「そうだ! ここのスタッフは指宿さんを誰が殺害してもおかしくないっていう芦原さんの証言! 共犯だったんだよ! 共犯者であるスタッフが出前を通して出前の人が殺害に及んだ。これで不審な出前に関する辻褄が合う!」
「そうなると怪しいのはフロントですね。当店では基本的に全ての電話対応をフロントで行っています。フロントから出前の手配をして、誰にもバレることなく殺人鬼が容易にこの場へ侵入できるよう工作した。そうなります。」
「待てよ、フロントって事は芦原さんが共犯者なんじゃ……?」
僕は一瞬ヒヤっとした。協力的でとても怪しさや殺意のような感情が一切見えなかった芦原さんが共犯者なのかもしれない事に。
「芦原さんは違います! 今日は私と同じ遅番です! 昼過ぎに出勤なのですが、更衣室でもちゃんと会いました。出前を通す手配をするには昼前にはいないとでしょう? なので芦原さんはシロです」
「山代さんの発言に間違いはないでしょう。オーナーである私が保証します」
一瞬でも芦原さんを疑ってしまった自分が恥ずかしい。同僚の山代さんからもこんなにも慕われているんだ。あの人が悪人なわけがない。
「そうなると午前中にフロントにいたスタッフが共犯者として濃厚となるわけですね」
「それならお任せください! 私、今シフトを持っています!」
山代さんがエプロンのポケットから、丁寧に折り畳んだ藁半紙を取り出した。
「おや? ウチでは普通2交代制を取っているのですが、どうやら早番の黒川さんが有給休暇を使い、半休を取っているようです。黒川さんの勤務時間は12時まで。遅番の出勤まで2時間の空白がありますね。オーナーはフロント部署から特別に何か聞いていますか?」
「聞いていませんね」
どうやら空白の2時間があるようだ。オーナーも山代さんも知らないあたり、部署での独断のシフトということだろうか?
「その件に関しては店側の事情が含まれているので、オーナーさんと山代さんに任せた方がいいかと思います。ですが少しばかり気になる事があるので、今回の件の調査も込みで僕が芦原さんに伺いたいと思います。それで今回はかなみょんに同行をお願いしたいんだけど」
勿論これは別府さん殺害に関するオーナーの動向を探るため、兼ねてはその調査の理由と進捗をかなみょんに共有するためだ。
「あー! お前抜けがけ禁止だぞ!! かなみょん、もちろん断るんだよな??」
「ええ、行きましょう」
「即答かよッ!」
有馬の一々喧しい反応が場を和ませる。わざわざこの場から有馬やかなみょんを離して、目の届かない所で行動させる僕の行動は、オーナー達から少し不審に思われるかもしれない。それを有馬が騒ぐ事で全員の視線を持っていき、僕の不審さを削いでくれている。さっき僕が別府さんの事件に関して、オーナーに疑いを入れている事を話したからか、露骨に暴れてくれている気がする。かなみょんと僕が2人きりで行動できる事に本気で嫉妬しているのかもしれないけど。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1階へ着いてからはまず最初にオーナーの件を話す事にした。
「かなみょん、連れてきた理由だけど……」
「皆まで言わずとも、貴方の考えは読めているわ。オーナーの事を探っているのでしょう? 勿論、私も疑っているわ。あの人は残念ながら顔に全て出ている」
「えっ、でもかなみょん疑っていないって言ってなかった?」
「貴方はバカ正直なようね…… オーナーを油断させる為の罠に決まっているじゃないの。油断させればボロを出すかもしれないし、私たちに対する警戒心が減るでしょう?」
そういう事だったのか。抜け目のないかなみょんに驚いた。これまでだって僕も気づかない細かい点に気がついていたし、彼女は本当に素晴らしい観察眼を持っている。
「じゃあ連れてきた理由は話すまでもないようだね。とりあえず芦原さんの所へ行って指宿さんの件にケリをつけて、それからオーナーの事を探ろう!」
芦原さんの元へ向かう途中、スタッフルームの方から色黒で筋骨隆々とした3人組が出てきて、そのまま大浴場へと向かっていった。
「あの人たちもスタッフなのかな?」
「さぁね。疑問に思うならば、芦原さんとやらにでも聞けばいいんじゃないの?」
「そうだね」
芦原さんのいるフロントへと辿り着いた。
「芦原さん! 事件が解決しそうです! それで聞きたいことがあって来ました!」
芦原さんは心から嬉しそうだった。この人は間違いなくシロだろうと確信した。
「それはそれは! 良かったです! 私が答えられる事なら何でもどうぞ」
「今日の早番の黒川さんと言う方についてお伺いしたいと思います。山代さんから見せていただいたシフトによると、黒川さんはどうやら半休を取って午前のみで退勤。黒川さんが退勤した12時から芦原さんが出勤する14時までの間、フロントが空席になる時間が2時間あります。その空白の2時間についてオーナーも山代さんも知らなかったので聞きにきました」
「ああ、それなら黒川さんが12時に退勤したところは合っていますよ。それから私が出勤するまでの2時間はヘルプでエステ部署から伊香保さんがフロント業務を回していました。伊香保さんは去年エステティシャンの資格を取得し、今年からエステ部署に異動になりました。去年まではフロント部署だったのもあり、フロント部署の業務内容を把握している為、急遽ヘルプで入ってもらう事になったんですよ」
「そうでしたか。恐らく事件の鍵を握っているのは伊香保さんになると思います。伊香保さんは今どちらへ?」
「男湯のアカスリコーナーにいますよ。男湯大浴場の脱衣所内にあります」
「ありがとうございます! それと事件に関係ないのですが1点。先ほど1階のスタッフルームから色黒でガタイの良い3人の男性が出て来たのですが、彼らは……?」
「あの方々はどうやら当店のお得意様のようですよ。オーナーは大事な取引先だって言ってました。力強そうですしトラックで来ているのを見たことがあるので、ガス関連の業者なのかなーと思っています。そうそう、それで言えば、あの人たちはいろいろと問題があるんですよ!」
「と言うと?」
「銭湯って刺青の入った方は入店をお断りしているじゃないですか? 一般的には。でも当店ではお断りしていなくて、それもスタッフ間の噂だと彼らの為にお断りをしていないらしいのですよ。彼らはガッツリとした刺青が入っていますが、オーナーは彼らがお得意様であるために刺青の方の入浴OKのルールを敷いたそうです」
「そこまでするほど、オーナーにとっては彼らが特別な取引先だという事ですね」
「ガスの業者ぐらいいくらでも代わりがいると思うのですがねぇ〜。この件で他のお客様からクレームを受けることも少なくなくて…… 私の心労の原因の一つです」
「それはそれは。日々お疲れ様です。フロントって恐らく全部署で一番客と接する事になるし、自分が関わっていない件のクレームまで受ける事にもなるし、本当に大変ですよね……」
「そうやって労ってもらえるだけで私の活力になります…… ありがとうございます。 事件解決頑張ってくださいね!」
「いえいえ! こちらこそありがとうございました! それではアカスリコーナーへ行って参ります」
芦原さんの元を去ると、かなみょんがニヤニヤした表情で近づいてきた。
「フフッ、有馬翔の言う通りね……」
「えっ? なんのこと?」
「彼は言っていたわ。あいつマダムキラーなんだぜ! とね。彼の言っていたことがよく分かったわ」
「あいつ、また余計な事を……」
「まぁそんな事は事件に関係ないしどうでもいいんだけど。男湯のアカスリコーナーへは、私は入ることができないわ。早く行ってきてちょうだい。もう犯人への王手はかかっているわ。さっさと終わらせましょう」
「そうだね。ちょっと行ってくるよ」
僕はかなみょんと別れ、事件前にくぐりそこねた紺の暖簾をくぐった。
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