第2話 刺殺された死体

 悲鳴を聞いて駆けつけた頃には既に何十人も集まっていてガヤついていた。どうやら悲鳴の発生源は岩盤浴室ではなく、スタッフルームだったようだ。


「何事です!?」


 僕らよりワンテンポ遅れてやってきた金髪の富豪のような佇まいの高身長の女性が血の気引いた顔で状況をスタッフに尋ねていた。


「オーナー! 大変なんです! 第2ボイラールームで指宿さんが……」


 どうやらオーナーのようだった。状況を告げたスタッフと共に第2ボイラールームとやらへ向かって行くと、ものの5分でいくらか毅然とした態度で戻ってきた。


「お客様方、お騒がせして大変申し訳ありませんでした。事故が起きましたので一時岩盤浴エリアを封鎖致します。キャッシュバックは一括してフロントで行いますので、お手数おかけしますが、一度フロントへお越しください。解決次第、館内放送でお知らせ致します」


 オーナーの対応で野次たちが一斉に階段を降りていった。僕も有馬と降りようと思ったが、肝心な有馬がいない。


「月岡〜! やばいよ! 第2ボイラールームとやらで人が死んでる!」


 緊急事態につきザル警備となっていたスタッフルームへの通路から有馬が出てきた。


「お客様! 不法侵入ですよ!」


 オーナーの毅然とした態度が瞬く間に崩壊した。鬼のような形相で有馬を睨みつけた。


「ごめんなさい! こいつは僕の連れなんです! 警察に通報するのだけはご勘弁を!」


 すると怒髪天のオーナーがすぐさま冷静さを取り戻した。


「警察機関への通報は致しません。あなた方のことも今回の事件も」


「不謹慎ながらも前者のことはありがたいと感じました。しかし後者の件はなぜ通報しないのです?」


「我が社の企業秘密であるリラックス効果のあるブレンドアロマが第1ボイラールームにあります。事件が起きたのは第2ボイラールームですが通報をすれば間違いなく第1ボイラールームを捜索されるでしょう。いくら警察と言えど我が社の企業秘密を漏らすことはできません。あなた方のことは通報しない代わりに事件解決に協力していただきます」


 どうやらオーナーは自力で事件を解決するつもりだったようだ。


「おいおい! めちゃくちゃな事言い出すな! 人が死んでるんだぜ!?」


 不法侵入を許されたはずの有馬が余計な事を言い始めた。


「ちょっと有馬! お前の不法侵入を水に流してくれようとしてるんだよ! 犯罪者にならないためにもここで事件の解決に協力しようよ!」


「腑に落ちねぇけど、まぁ確かに犯罪者にはなりたかねぇし協力すっか……」


 すると近場の女子トイレから1人の少女が現れた。


「全て聞いてしまったわ。乗りかかった船だし、私も協力しましょう」


 なんとその少女、先程ロビーで見かけたかなみょんなのである。僕らは不法侵入の通報を天秤にかけられて半ば強引に協力させられてるけど、彼女はやましいことが一切ない。かなみょんから警察に通報される事を危惧したのか、再びオーナーに焦りの色が見え始めた。


「焦っているようだけど安心して。警察には通報しないわ。あなたとしてもここで私を見逃して、外で通報されるよりも私を手の届く位置に置いておくほうが利口な選択だと思うけど?」


 単純に事件に対して興味があるのか、彼女はやたら食い気味だ。僕としては協力者が1人増えたって事で心強いけど、有馬はかなみょんと直接関われることで激しく興奮している。


「ご最もな意見です。ご協力ありがとうございます。まだ私も詳しい状況を知らないので第2ボイラールームへご案内いたします」


 敵意のないかなみょんに安心したオーナーは僕、有馬、かなみょんを連れて第2ボイラールームへ向かった。


 第2ボイラールームでは、これまでの人生で嗅いだ事のない不快臭が漂っていた。部屋の隅には、胸部から血が滴る死体があった。刺殺だろうか? 凶器はどこだろう?


「こちらは当店のスタッフの指宿千賀です。心臓を刺されて即死といったところでしょうか……」


「凶器が見当たりませんね。持ち逃げでしょうかね? 持ち逃げといえば犯人に目星はついてますか? さっき易々と客たちを散らしてましたけど、その中に犯人がいたら逃げられているのでは?」


「その線は既に織り込み済みです。客がスタッフルームに入って行くのは、他の客の視線もありますし困難でしょう。スタッフによる犯行だと踏んで、既に帰宅してしまったスタッフを除き、今日出勤のスタッフは全員帰さないように手配済みです」


「なるほど。僭越ながら賢明な判断かと思います。僕の連れにはあっさり入られてましたけど」


「そうだよ! だから客の中に犯人がいるって考えも捨てちゃいけねぇぞ!」


 僕のちょっとした皮肉に有馬が便乗してきた。こいつ、この期に及んで自分の立場を弁えていないようだ。


「ちょっと、私たち一丸とならなきゃ意味がないじゃない。何いがみあってんのよ。ていうか自己紹介まだじゃない? 少なくとも今は全員同じ方向に向かってオールを漕ぐ必要があるんだから親睦を深めるために自己紹介ぐらいしない?」


 あまりにも真っ当すぎる意見。普段の僕なら同じ考えを持てるんだけど、僕目線ではオーナー、有馬、かなみょんの3人で呼び方も困らないからその思考に至らなかった。


「ごめん。そうだったね。僕は月岡蓮太郎。それでこっちの小うるさいのが有馬翔。僕たちは同じ大学で温泉研究サークルに所属してるんだ」


「お前一言余計だろ! しかも自己紹介って言ってんのに他人の紹介すんなよ!」


「ごめんごめん。まぁ紹介できたんだしいいでしょ」


「私はまぁTOP OF インフルエンサーだし紹介するまでもないと思うけど、かなみょんよ。よろしく」


 すごい傲慢が炸裂した。TOP OF インフルエンサーではなくTOP OF 傲慢の間違いだろう。


「私はオーナーの由布院めぐみと申します。月岡様、有馬様、かなみょん様。改めてご協力よろしくお願いします」


 一通りの自己紹介が済んだところで、再び現場の状況を精査することになった。


「おい月岡、テーブルにハンバーガーとポテトがあるぞ。これに睡眠薬でも混ぜて寝かせてる間に殺したんじゃねーの?」


「その線はないんじゃない? ポテトに関しては食べたか食べてないか分からないけど、山盛りに入ってるから少しだけ食べたか、あるいは一切食べていないかの2択だよ。ハンバーガーは確実に1口も食べていない。そう考えるとポテトも全く食べていないんじゃないかな? でもまあ事件に一切関係ないとは言えないね」


「あと変わった点で言えば、胸部から出ている血液がやけにサラサラしているわ。血ってもう少しドロドロしてるし固まるものでしょ?」


「とりあえず現状分かった点では食事が用意してあったにも関わらず手がつけられていなかったこと。血がサラサラしていることって所でしょうか?」


 一通りの現状が全員で認識できたところで、テンポの速い大きな足音が聞こえてきた。


「オーナー大変です! 岩盤浴室で新たなる死体が!」


 先ほどの悲鳴をあげたスタッフが更なる別の死体を発見したようだ。僕らを囲う迷宮が更に深くなってしまった。

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