50万人の証言者
春谷園春太
第1話 スーパー銭湯へ
近頃の銭湯の進化は著しい。風情を意識した雅な内装・外装は勿論、人工温泉等もあり、温泉地へ赴かずとも温泉を嗜む事ができるようになっている。そういった銭湯は俗にスーパー銭湯と呼ばれ、都会にいても温泉街へ旅行したかのような気になれる。スーパー銭湯で楽しめるものは温泉の域を超え、最近では岩盤浴が併設されていることも珍しくない。
僕は大学で温泉研究サークル、通称『オンケン』に参加している2年生の月岡蓮太郎。ただいまの暦は師走。寒さは止まる事を知らず、増す一方だ。しかしながら、寒くなれば寒くなるほど温泉需要は増し、同時に我々の温泉欲という熱意も増すことになる。オンケンの活動がより本格的になる季節だ。
今回の定例会で、温泉について議論するばかりでなく、そろそろ湯に浸かりに行きたいという意見が満場一致となった。そこで、フィールドワークと称して近隣のスーパー銭湯へ各自で行くこととなった。
「それでは今回のフィールドワークは、近代銭湯文
化の進化とマーケティングリサーチになりまし
た。各自で首都圏のスーパー銭湯へ向かい、レポ
ートにまとめてください」
部長による締めの一言で、今回の定例会は終了した。温泉文化に対する意識が尋常でないここのメンバーは飽く迄も至福を得る為だけに行くのではない。学びを込めて行くのであった。
自分のレポートが怪事件の一部始終を綴ったレポートになることを、この時の僕はまだ知る由もなかった……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
僕はSNSでも話題となっている『スパリゾート湯ごもり』へ行くことにした。いろいろリサーチしてから行こうと思ったけど、リサーチが目的で行くのにリサーチするのは邪道かなと思い、直感で行きたいと感じた湯ごもりへ行くことに。
湯ごもりへ着くと、背後から聞き覚えのある喧しい大声が僕の背中を突き刺した。
「あー! 月岡じゃん! なんだよなんだよ同じ考えかよ〜!」
声の主は顔見知りである同じオンケンの2年生、有馬翔だった。どうやら有馬もフィールドワークで湯ごもりを選択したようだ。
「有馬もここにしたんだね。まぁいいじゃん。1人より2人の方が楽しいでしょ」
2人で入店し、受付を済ませるとロビーでまたも有馬が大声をあげた。
「あー! あれは!」
「ちょっと、周りの人に見られて恥ずかしいよ。今度は何? またオンケンのメンバーでも見つけたの?」
すると有馬は僕の身体を自分の方へ寄せてきて、急に小声になり耳打ちをしてきた。
「ほら、あのベンチに座ってるあの子。あれ絶対かなみょんじゃん」
「えっ? 誰それ? 誰かの彼女?」
「いやいやいや! お前しらねーの!? 動画配信サイト『アイチューブ』の姫と謳われているかなみょんのことしらねーの!?」
「ごめん。知らない。まあ要するにインフルエンサーってやつでしょ。僕はその人に興味はないけど、そんな人気者まで来るってことは、いよいよこの店の人気が確かな物になってきたね。そういう意味では彼女の存在は有意義な物になったよ」
「なんだよその冷めた観点! 温泉好きなのに思考は冷めてやんの!」
「有馬殿! うまい! 座布団1枚!」
「ははぁ、有り難き幸せ」
下らない会話に華を咲かせ、僕らは男湯に向かった。
男と達筆で書かれた紺の暖簾をくぐろうとしたその時。
「キャー!」
白樺をあしらった壁面や、丁寧にワックスがけがされたテカテカのフローリングに只ならぬ悲鳴が反響した。
「なんだなんだ!? なにがあった!?」
「2階の方からだ! 有馬! とりあえず行ってみよう!」
「2階は確か岩盤浴エリアだぜ! 階段はこっちだ!」
僕の温泉欲は悲鳴ひとつでパタリと途絶え、代わりにその熱意は正義感へと転換された。決して野次としてその場へ駆けつけようとしたわけではない。いや、有馬は野次かもしれないけど。
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