第2話 大橋宗馬との出会い

 外に出るとそこには、ワックスで綺麗に磨かれたタイルではなく木でできた床があった。自分はそこに盛大に倒れ込んだ。

 後ろを振り返る。そこには大蛇どころか小便器すらなく、見知らぬ和式便所があるだけだった。辺りを見渡す限りどこかの建物の廊下らしい。


「どしたんでい」


 勢いの良い男の声が聞こえてきた。よく通る声だ。

 次第に木製の床が軋む音が近づいてくるのが分かる。

 やがて廊下の直角に曲がるところから男が現れた。背丈は160センチ弱の自分と比べても低いくらいで、いかにも江戸時代の商人を思わせる格好だった。


「誰だおめえ」


 対する自分の服装は学校の制服だ。長ズボンに半袖シャツはいかにも怪しい風に見えるのかもしれない。この商人風の男の言葉は当然に思える。

 どうすれば怪しまれずに済むか。色々な言葉が脳裏によぎる。


「怪しい者じゃございません」


 余りにひどい自己紹介だ。怪しさMAXの回答。

 これを聞いた商人男はがっしりと俺の手首を掴むとブギョウショに連れて行くと言っておもむろに引っ張り始めた。ブギョウショがどんなところか知らないが、絶対連れてかれてはだめなところであることは容易に分かる。必死に抵抗するが男の力は見た目から想像できない程の強さで自分は無抵抗に近い。



 引っ張られることしばらく、パチリパチリと聞き慣れた音のする広い空間に出る。外に面しており、ちょんまげ頭の人が通ったり、白粉で化粧した女の人達の話し声が聞こえたりする。そこでは畳とともに将棋盤が所狭しに敷き詰められ、自分と同じかそれ以下の子達が向き合って真剣に将棋を指している。


「将棋…」


 小さい声で言った瞬間男の力が僅かに緩む。そして尋ねてきた。歩みは止まっている。


「将棋指せるのか?」


 突然の反応に驚いたが、ブギョウショから意識を離させるために夢中で答える。


「はい」


 男はしばらく考えた後一人の男の子を呼んだ。


「今から健三郎と平手で勝負してもらう」


 そして俺にそう言った。いきなりのことに驚いているのは俺だけではなくケンザブロウと呼ばれた男の子もそうだったらしく、まじまじと俺を見ている。


「勝ったら奉行所送りを見直そう」


 そっと耳打ちする男の顔には楽しむようで値踏みする目があった。



 俺の先手で対局が始まった。

 相手は3,4,5筋の歩を突くと左銀を5三に置いてそれを拠点に他の金駒を盤の中央に向けて動かし始める。元の世界ではまず見ない珍しい駒組みで、上部に厚くどっしりとした印象を受ける。相手は金銀四枚でウォール○リアを彷彿とさせる壁を築いて向かい飛車の構え。こちらは巨人がウォー○マリアに張り付くように歩を金銀の壁に貼り付けることで攻撃を開始する。相手の歩の柵を壊して見えたのは、金銀の硬い壁。その壁に角をぶつけて穴を開ける。健三郎は顔を歪めて盤を睨みつけている。壁に開いた穴によって生じた打ち込みの隙。ウォール○リアが崩れるには十分すぎる隙だった。俺は角を代償に手にした金駒を惜しげもなく投入し、穴を広げる。進○の巨人でいうところのウォー○ローゼをも通り越し、飛車の横利きによってなんとか保たれているウォー○シーナも風前の灯となっている。形勢はほぼ勝勢といえる程の差が開いている。健三郎は劣勢を巻き返そうと頑張ったようだが、穴を埋めようとする手が悪手を呼びこの勝負は所要時間5分で男の子が投了する。

 対局が終わると男が聞いてくる。


「見ない顔だけどどこから来たんだい?」


 言葉は自然と出てくる。


「それがよく覚えていないんです」


 男の目が光る。

「じゃあ、うちに住み込みで将棋を指さねえか?」

 俺の本能がブギョウショに行かなければ大丈夫だと言っている。

「はい。喜んで」

 優しさではなく、自分への好奇心であることは明らかだった。それでも良いと思った。外で凍え死ぬよりマシだった。

 男は大橋おおはし 宗馬そうまと名乗り、手を伸ばしてくる。

 自分の名前を告げながら宗馬さんの手を握り返す。

  山崎やまざき たける

 もうこの時から不穏な空気が混じっていたことに俺は後から知ることになる。

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