第1話 新高校生竜王 誕生!!

 まだ蝉の大合唱が止む様子はないらしい。

 滴る汗を拭う。対局時計が規則正しく電子音を鳴らす。

 自分の玉将を人差し指で右上にずらす。それによって囲いから遠ざかり玉が不安定になるが、広さがある。相手の玉には必至。詰まなければこっちの勝ちだ。

 相手の表情はまったく変わらない。何を考えているのか全く分からない。

 相手は軽い手つきで馬を俺の玉の横に置く。全く考えてもいなかった手だった。取らなければ、こっちが詰む。取れば、王手ラッシュが始まるだろう。正直詰んでいるのかよく分からない。もう詰んでいる可能性だってある。判断するには時間が足りない。迷う時間は無い。馬を取る。相手の金駒が玉を上から抑える。相手は香車を打ち込む。まるで銃を突きつけられた気持ち。詰将棋のようにも見えなくもない。詰まされないよう一分をフルに使う。

 ふと、あることに気づく。今まで将棋を指してきて初めて実践で出会うルール。桂馬での六回目の王手。自分は玉を桂頭に移動させる。相手のポーカーフェイスが僅かに崩れる。これから現れる局面が見えたのだろう。対局時計の電子音が相手を追い詰める。残り十秒。

 相手は必死に何かを読んでいる。俺から見たら必勝の局面で。


 ピッ、ピッ、ピーー。

 相手は右手を出そうとしたが、遅かった。一分を使い果たしたのだ。それは時間切れ負けを表している。相手は俯いてしまう。それだけで悔しい気持ちはむちゃくちゃ伝わった。


「ありがとうございました」


 俺は頭を下げて礼をする。相手も礼をしたが、声は消え入りそうだった。

 俺は高校生竜王になった。初出場にして初優勝だ。

 新聞記者は新高校生竜王の顔をたくさん撮る。フラッシュの光がとても眩しい。

 相手はいまだ俯いて静かに座っている。手には盤上にあったはずの角を握っている。

 自分はうまく力の入らない両足を無理矢理動かし、トイレに向かう。

 トイレに入って扉を閉める。


「ひっ…」


 そこにいたものを見て、俺は声にならない悲鳴をだす。

 理由は単純、大蛇がいた。繰り返そう、2mぐらいの大蛇が蟠を巻いていたからだ。

 舌を出し、獲物を狩る目で自分を見ている。

 即座に回れ右をし、逃げ出そうとした。が、扉が開かない。

 一気に冷や汗がながれる。

 何度もドアノブを回すが、扉が動く様子はない。

 大蛇は少しずつ、でも確実に自分に近づいている。

 扉はいまだに開かない。

 大蛇はもう手を伸ばせば届くところまで距離を詰めている。

 ついに大蛇は大きく口を開けて、俺の首筋に噛みつこうと直線的に素早く飛びついてきた。もう噛まれる覚悟という名の諦めがあった。

 すると突然、びくともしなかった扉が開き、俺は外に投げ出されていた。

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