神様の遊戯

ことふぎ

プロローグ

 また一つ遊びが消えた。

 白と黒の陣取り合戦。初めこそ夢中になれたが、もう白の必勝手順がわかった。こうなってしまってはこの遊戯に面白みなどかけらも無くなってしまう。

 また楽しそうな遊びを探さなければならない。

 立ち上がり、襖に向かう。その時なにかが足に当たる。

 さっきの盤とよく似ている盤だが少し違う。上に乗っている駒も白黒ではない。

 駒はとある局面を表していた。足に当たった衝撃で駒の配置が少しずれてしまったようだが、気にする程ではない。

 その駒は五角形で、どの遊戯にもない特殊な形をもち、表と裏の両面に特殊な模様が描かれている。

 嫌な記憶が蘇る。妻 冬美ふゆみと子供に逃げられた記憶だ。その時の俺は家族に注ぐはずの愛や情熱をこの五角形の駒を持つ遊戯にこれでもかとつぎ込んでいた。そんな俺に愛想を尽かすのは時間の問題だった。しかし俺はその遊戯の解明のために没頭することをやめなかった。いや、やめられなかったのかもしれない。

 今はもう、一人娘であった子供の名前すら忘れてしまった。俺が盤に向かってその遊戯の解明していれば、唯一の娘はどこからともなく現れてじっと盤だけを見つめていた。大きな目をさらに大きくして盤を見つめる姿は百合の花が花弁の重みで俯くさまに似ていた。

 妻と娘に逃げられたのは解明が終わる前日だった。まるで最初から居なかったかのように消えてしまった。だが、別に気にしていない自分がいた。いつものように盤の前に座ると俺は昨日の続きを始めていた。その日もまた、一つの遊びが消えた日になった。

 駒をしまうために駒箱の蓋を開ける。すると駒箱に紙が入っていたことに気づく。紙は駒箱の底の大きさにぴったりと合っていた。紙の裏に何か書いてあるようだが、こちらからはよく分からない。

 紙を捲る。スッと心地よい音と共に紙は剥がれる。そこに書かれていたのは『打ち歩詰めの禁止』の文字。縦書きですらっとしている字体だ。

 自分でも分かるぐらい口角が上がる。解明し切ったと思っていた遊戯には自分の知らないルールがあった。まだ楽しむ時間はいっぱいあるようだ。




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