第15話 霧の来訪者

 馬車が大急ぎで去り、降ろした荷物を背に迫ってくる霧を前に構えるアーリ達。

 盾役のネフェシュを先頭に、その足元に魔術の補助を行うユヴァが付き、その後ろにアーリとウパウが控える。完全な後方職であるアシャが木箱や樽を背にして、一番後ろに立つ。


「変わらず臭い無し、音無し。しかし各々がた油断召されるな」


 金属製の短い棍を両手に握り、だらんと脱力した状態で垂らすウパウの警告に従わない者はこの場に居なかった。階級こそ一つ星だが、その風格たるや四つ星、いや五つ星と言われても納得のゆく重厚さなのだ。

 霧そのものに毒性はなくとも、その中に紛れる悪意ある者が居ないと誰が保証できよう。

 震える手で錫杖を握り締めるアシャが、恐怖を紛らわせるように、そしてこの状況に似た事例を口にする。


「魔術や魔術具以外で、自然にはあり得ない濃霧の発生となると、生きた霧、霧魔むまの類でしょうか。大きなものになると村一つ飲み込んで、去った後には住人の骨しか残っていなかったと……」


 なんとも恐ろしい事例を出すものだから、アーリは思わずぎょっとなってアシャを振り返る。

 霧魔と呼ばれる霧状の魔物は斬撃や打撃にはめっぽう強いが、ほんの少しの火でも恐れて逃げ出すという特性があり、松明一つ持っていれば撃退は容易な相手だ。対処法さえ分かっていれば容易いが、知らないと恐ろしく厄介という類の代表例である。

 アシャに答えたのは前方に視線を固定しているユヴァだ。ネフェシュ曰く攻撃魔法以外なら頼りになる口の悪い魔術士は、つまらない事を言うな、と言う代わりにこう口にする。


「ムラセルの悲劇か。あれは地下の鉱脈に眠っていた個体を不幸にも掘り当ててしまった鉱夫を皮切りに、霧魔が一気に腹を満たそうとした例だな。

 だがあれ程の個体は滅多におらん。それにアレは鉱脈の更に地下に通っていた龍脈を無意識に吸収し、前例がない程巨大化した特殊な例だ。同規模の個体は世界にも数える程しかおるまい。それに霧魔は規模に応じた魔力を持つ。あの霧からはそれが感じられん」


「で、では、この霧そのものが霧状の生命体や魔物でないのは間違いないですね」


「であろうよ。では霧魔でないとして何故霧が立ち込めているのか、を考えるべきだろうな。単なる目くらましか、それとも霧がなければ都合が悪いのか、それともこれは下手人にとっても想定外なのか、だ」


「一番、収拾がつかなくなるのは最後でしょうね」


 アーリは思わず、といった調子で呟いた。下手人にも想定外となるとこの状況を制御できるものが誰も居ない、という事だ。それでは下手人を捕まえられたとしても、状況を改善ないしは打破できないのを意味する。


「えと、ですね。他には邪神の導きや自分の研究の為に隣接次元や異世界への扉を開き、閉じる前に向こう側の存在を招いてしまって、凄惨な悲劇が起きてしまった例もあります。こちらの場合でも相当、厄介かなって、思います。はい」


 アシャはまだ話を続けようとしたが、いよいよ霧が自分達を飲み込み始めた事で口をつぐみ、ごくりと音を立てて生唾を飲み込み、周囲にせわしなく視線を向ける。

 ウパウも耳をピンと立て、鼻を動かし、これまで以上に聴覚と嗅覚を働かせている。ユヴァとネフェシュも敵意の探知をはじめとした魔術を駆使し、こういった状況にありがちな不意打ちに備える。

 上空、足元、あるいは地中から襲い掛かられて犠牲になった者の数だけ、後世の者達には戦訓となって伝わっている。


「…………」


 アーリは口を閉ざして余計な音を立てないよう気を張り、更に手の中の小剣を握り直してアンシャナの祝福を受けた目と鼻と耳と肌の感覚を信じ、霧の中で神経を研ぎ澄ませる。

 いやになるくらいの緊張の中でも、これまで短期間で立て続けに経験した死闘が、アーリの精神と体にある程度の冷静さと余裕を持たせていた。


 真っ白い霧が小剣の切っ先に触れ、するりするりと流れて体やつま先、兜の隙間や首筋に触れて流れて行く。

 全身が霧の中に飲まれ、空気と一緒に吸い込んでも口の中や喉、肺に痛みが走る事はない。アーリの緊張など知らないように、霧はそのまま広がり続ける。もし際限なく広がり続けたなら、ルゾンさえも飲み込むのだろうか。

 そうしてアーリは目を皿にして、耳を立てて警戒していたのだが……。


「なにも起こらないし、襲っても来ませんね」


 思わずそう口にするアーリに、ユヴァはふむ、と一つ頷く。


「小僧、お前、この霧の中でどの程度見えている? 暗視の力を与えられていたが、この状況ではどうだ?」


「今は……十五メトル(約十五メートル)、いえ、十二メトルまでははっきりと見えています」


 常人ではほとんど視界を奪われる濃霧の中でも、アーリの瞳は魔術をかけるまでもなく常人を上回る視界を確保していた。紛れもなくアンシャナの祝福による作用だ。


「そこまで見えているか。下手に見栄を張らなかった点も評価してやろう。僧兵、交代で見張りながら荷を補充して出発するべきだろう」


「しかり。拙僧もユヴァ殿の意見に同意いたしまする。地形そのものが変わった様子はありませんからな。そうですな、ユヴァ殿、ネフェシュ殿とアーリ殿、拙僧が交代で見張りましょう。荷物の残りは目印がてらここに置いてゆくのがよろしいかと」


「あの、わ、私は? 荷物を取り出すお手伝いをすればよいのでしょうか?」


 と名前の出てこなかったアシャが不安そうにユヴァを見る。


「尋ねるだけでなく具体的な行動を示して見せた点は評価しよう。太陽神の娘。では答えとして一つ問いかけよう。この霧で遮られるものはなんだ? それがお前の役目に繋がる答えとなる」


「霧が……遮るもの?」


 ユヴァの言葉遊びを思わせる迂遠な問いかけに、アシャが真剣な表情で考え込み、ウパウから先に荷物の補充を、と言われたアーリもユヴァの質問を考える。


「今の私達に見たいに視界? 視界を晴らす? きっと違う」


 思わず思考を口にしながら、アシャは一生懸命に考える。そんなアシャの様子を、ウパウは目には見えていなくても詳細に把握しているようで、警戒は緩めないが口元は少し微笑んでいる。

 アーリはアシャの様子を横目に見ながら、太陽神のシンボルを持つアシャの帽子を見て、ふと思い浮かぶものがあった。


(太陽神……あ、そうか、博士が言いたいのは)


 答えの分かったアーリは、思わず口にしてしまいそうになるのを慌てて堪えて、アシャがパッと顔を上げるのを見て安堵する。長い前髪に隠れがちな瞳には、正解に至った喜びが輝いているのが見えたからだ。


「ユヴァ博士、霧が遮るもの、それは太陽ではありませんか?」


 少しドキドキと胸を鳴らし、不安を抱えたまま答えを告げるアシャにユヴァはふん、といつものように鼻を鳴らした。ただしアーリに対してするのとは違って、嫌味な調子ではない。


「そうだ。地下に住む生物や闇に潜む魔物は得てして太陽に対する耐性、ありていに言えば“慣れ”がない。ものによれば陽光がそのまま弱点になるものさえいる。

 この霧の中に潜むものが居たとして、霧が無ければ都合が悪いと推測するのは簡単だ。ならそいつに霧が晴れて居ないにもかかわらず陽の光を浴びせられれば、相応に効果があるだろう」


「はい、そ、それでしたらソルゼの従僕たる私の出番かと、かと!」


「なぜ“かと”を繰り返した。癖か? まあいい。この中で太陽と最も縁が深いのはお前だからな。任せるのならお前しかおるまい。もっとも私の推測が的外れの可能性もある。陽光を浴びせても何一つ効果がなかった場合も想定しておけよ」


「はい」


 素直な生徒の様にコクコクと首を縦に動かすアシャに、ユヴァはそれ以上何も言わなかった。代わりにネフェシュがアシャを励ますように胴体に比べて巨大なアダマストラの両腕を振り上げて、こう告げた。


「アシャさん、もしも陽光に効果がなくともこのネフェシュとアダマストラが鉄壁の盾となり、お守りします。ですのでどうか何が起きても冷静でいらしてください。

 神々に祈りを届けるのには、とにかく集中と心を平らかにするのが肝要であると、世間知らずには自覚のある私も知っています」


 フンス! とネフェシュの気合を入れる声が聞こえてくるような熱の入った激励に、アシャは恥ずかし気に顔を俯かせてもじもじとする。錫杖の輪が動いて、シャラシャラと甲高い音を奏でた。


「あ、あのありがとうございます」


 消え入りそうなアシャの声も、ネフェシュの耳はきっちりと拾い上げた。


「はい!」


 なにはともあれ即席のパーティーにしては、なかなか良好な関係を築けている一行といえるだろう。

 ウパウは一足先に組んでいたアシャがネフェシュやアーリといった年の近い相手に、精一杯近づこうとして成果を出しているのを、我がことの様に喜んでいた。

 父親と娘というには年が離れているから、ウパウは祖父と孫娘のような心境になっていたのかもしれない。


 交代で見張りをしつつ馬車から降ろした荷物を補充した一行は、ユヴァが魔術による目印を付けた後、その大分部を残していった。こうすればいざ撤退となった際に逃げる方向の目印になるのと、補給物資を用意しておける。

 まあ、この場を離れた後に、何者かに荒らされる可能性も無きにしも非ずだが、それはそれで警戒すべき存在を知れるので損ばかりではない。


 目指すはギルドからのグリア草原調査の依頼を受けた冒険者の合流地点だ。そこに全員分の野営地を築いて、それぞれが三つ星冒険者の下で別方向に調査に向かう予定だったのである。

 先行している冒険者達と合流し、霧に関する情報の入手と可能であればこの事態の解決が、目下、アーリ達の目的だ。


 他の冒険者達の生き残りが居れば、まずはなによりだが、それも霧の中にいる何かの危険性やこの事態を引き起こしたものの目的次第か。

 全てを白く飲み込む霧の中を進む一行は、先頭にもっとも物理・魔術双方の防御が厚く、魔術による感知・解析など各種能力を兼ね備えたアダマストラを着込んだネフェシュが務め、その傍らには当然のようにユヴァ。

 その左後ろに足音一つ立てずに歩くウパウ、右後ろ側には常人離れした視力を与えられアーリ。三人と一匹が描く三角形の中心にアシャとなる。もっとも非力だが、回復役であり切り札になり得る可能性のあるアシャを最優先にして護る布陣だ。


 馬車を降車した地点から既にそれなりの距離を歩いている。霧に惑わされて道を間違えていなければ、合流地点まではそう時間のかからない距離まで来ている。

 このまま順調にいけるか、とアーリに限らずネフェシュやアシャがかすかに甘い期待を抱き始めた頃、それを戒めるように再びアーリの心にアンシャナの短い声が届いた。


『来る』


 アンシャナはどこから、とは口にしなかった。そこまで教えてはアーリを甘やかしすぎだと自制したのだが、警告を発した時点で他の神々に比べて大甘だ。なにしろ短時間の内に二度目の警告であるからして。

 アーリが具体的な行動に移る前に、彼の体に走った緊張をウパウは鋭敏な嗅覚と聴覚で感じ取り、ユヴァとネフェシュは交代で展開している敵意探査エネミーサーチにより、急速に接近する敵意持つ何かを把握した。


「皆、気を付けて!」


 アーリが警告を発したのは、明瞭な視界の右上から彼の胴体ほどもある太さのしなやかな何かが打ち付けられてきた瞬間だった。

 咄嗟に左に飛び退いたアーリは、一瞬前まで自分の立っていた地面をしたたかに打ち付けるソレをはっきりと目視した。


(白い、なんだ、蛸か烏賊の足? それもすごく大きな、表面が濡れている? それに牙みたいのがあちこちに生えている!)


「アーリさん!」


「ネフェシュ、こちらにも来ているぞ」


「っ!」


 アーリに向けて駆け出そうとしたネフェシュの足をユヴァの鋭い一声が止め、彼女は左手側からぶうんと音を立てて横殴りに襲い来る白い“触腕”に気付いた。咄嗟に両腕を交差させて、勢いの付いた触腕の一撃を受け止める。

 表面の濡れている触腕の一撃は極めて重く、ネフェシュは腰を落としてしっかりと足を踏ん張り、なんとか受け止める。


「ええい!」


 触腕の勢いが止まったのを確認するのと同時に、交差させた両腕を思い切り開いて触腕を弾き飛ばす。触腕は空中でぐにゃりと曲がるや、再びネフェシュへと襲い掛かる。ネフェシュはそれを万全の構えで迎え撃ち、思い切り振りかぶった左拳で再び吹き飛ばす!


「せい! 敵性体です。警戒を!」


 先程までの進行方向から見ると右斜め前に霧を通して巨大な影が映り、ソレは節くれだった三本の黒い脚でゆったりと近づいてくる。二本の触腕はそいつのクラゲのように丸い頭部から伸びていた。

 触腕のやや下の辺りに複数の黄色い目玉らしきものが、等間隔に並んで生えていて足元や頭上を除けば死角はないとみていいだろう。

 そしてソイツのアーリ達を向いている胴体というか足の付け根と言うべきか、その部分に縦に刻まれた亀裂があり、それがにちゃりと嫌な水音を立てて開くと、そこには触腕に生えているのと同じ杭のような牙が、大小無数に並んで生えていた。


「奴の敵意は食欲だ」


 とユヴァがありがたくない情報を伝えてくれた。気の弱いアシャは食べられる自分を想像して顔色を青くしたが、ネフェシュとアーリは逆にこのユヴァの発言で腹を括った。こちらを食べようとしてくる相手なら、何を遠慮する必要もない。


「そうだな、安直だがミツアシとでも名付けるか」


 呑気なのか学者気質故の変な真面目さなのか、霧の中から姿を見せた正体不明の怪物に名前を付けるユヴァを他所に、アーリは再び襲い来る触腕に対処しなければならなかった。

 持ち上げられたミツアシの左触腕が唸りを上げて襲い来るのを、アーリはその場にしゃがみ込んで避ける。


 受け止めるという選択肢もあったが、アダマストラ装備のネフェシュがあれだけ力を入れて踏ん張らなければならなかった一撃だ。

 加えて垣間見えた触腕の先端はさながら棘付きの鉄球のように丸く膨らんでおり、速度と重量の乗る先端の威力は凄まじいものがありそうだった。

 いくらアンシャナの祝福があるとはいえ、年季のいった防具で身を守るアーリが正面から受け止めるのは、いささかおっかない。


 兜越しにも触腕の千切る風が感じられる。どれだけの威力があるのか、自分の体で確かめたいとは思わない。

 恐怖がないわけではないが、それでもアーリの心は奮い立ち、体も即座に反応する。しゃがみ込んだ体勢から勢いよく立ち上がり、再びアーリを狙って弧を描こうとしていた触腕に駆け出す。


(かなりの太さだけど、大丈夫、斬れる!)


『そうだ、アーリならば出来る!』


 思わず声援を飛ばしてしまったアンシャナに驚きつつ、アーリは大上段に振り上げた小剣を渾身の力で握り締めて、思い切り丸太の如き触腕へと振り下ろす!

 何かの液体で濡れる触腕に小剣の刃がめり込む。固くそれでいてしなやかな筋肉の弾力が刃越しにアーリの手に伝わり、それでもかまわずアーリは刃を押し込む!


「はああっ!!」


 アーリの気合の一声と共に小剣は触腕を断ち、断たれた先端部がアーリを跳び越えてその後方へと飛んでゆく。はたしてミツアシと名付けられた生物に、餌と見た小さな生き物に自分の手(?)を斬られた驚きがあったかどうか。

 少なくとも脅威は感じた筈だ。残る右の触腕でアーリを叩き潰そうとしたらしいミツアシだったが、それはネフェシュによって妨げられる。


「させません!」


 アダマストラの出力を最大にしたネフェシュが、ミツアシの右触腕を渾身の力で握り締めて、引っ張っていたのだ。思わず倒れ込みそうになるのを、ミツアシは三本の黒い脚で踏ん張って両者の綱引きは体格と重量差を考慮すれば驚くべき均衡状態になった。


「お見事!」


 ネフェシュの頭上を軽やかに飛び越す影が一つ……そのたくましい両手に棍を握るウパウだ。獣人とはいえ老境に差し掛かっているとは信じがたい身のこなしを見せるウパウは、そのままネフェシュに吹き飛ばされた触腕へと両手の根を振るう。

 狼が食らいつくがごとく上下から振るわれた棍は、分厚い筋肉の塊と言うべき触腕を鮮やかに両断し、全力で引いていた触腕を断たれたミツアシは重心を崩して倒れ込みそうになる。


「アシャ殿、今です!」


「はい! いと高き座にて輝く太陽神ソルゼ、その大いなる輝きをお示しください。【燈火】よ、あれ!」


 太陽神の分け与える輝きは、アシャの差配によってある程度発生する場所を選べ、大いなる太陽の輝きたる【燈火】は、ミツアシの眼前に生じて苛烈な光でミツアシの目を焼き、液体で保護されている体も焼く。

 効果は覿面で【燈火】に焼かれるのと同時にミツアシは形容しがたい悲鳴を上げて、そのまま仰向けに倒れ込み、ウパウの倍はある巨体を震わせる。

 その隙を逃すアーリではなかった。疾走と呼ぶにふさわしい速さで駆け寄るとそのまま勢いを活かして跳躍し、震えるミツアシの黄色い目玉と目玉の間に小剣を根元まで深々と突き込んだ!


「このお!」


 抵抗はほとんどなくズブズブと小剣が肉の中に埋もれた時には、ミツアシの身もだえは激しさを増してアーリを振り落とそうと足掻いているようだった。アーリはしっかりとミツアシの体を踏みつけ、左手を柄尻に当ててさらに小剣を押し込む。

 小剣やアーリの籠手が緑色の血液らしきもので濡れる中、触腕を放り出したネフェシュがアーリと呼吸を合わせて跳躍し、その巨大なアダマストラの右腕をミツアシの額だろう部位に叩き込む。

 ネフェシュの右拳を叩き込まれたミツアシの体は大きく波打ち、命中箇所ははっきりと窪んだ。人間だったら頭部が粉砕されているだろう。


「せええい、もう一つ!」


 アダマストラ越しの感触で、止めには足りないと判断したネフェシュは、ミツアシの体が波打ち終わる前にさらに振り上げていた左拳を叩き込み、あまりの威力に耐え切れなかったミツアシの体からは口や目玉から緑色の液体をぶちまけて、ついに絶命する。

 びくびくと痙攣するミツアシに警戒を怠らず、ネフェシュとアーリはゆっくりと離れた。死んだふりだったとしても即座に対応できるように距離を取る。

 なにしろ初めて出会った敵であるから、どこまでやれば死んだと判断すればよいのか不明だ。幸い、ユヴァがミツアシの死を保証してくれた。


生命感知センスライフに反応はない。もうそいつは死んでいる。ネフェシュ、そいつの体液、肉片、その他の採取を」


「は、はい。あ……消えてしまいました」


 ユヴァの指示に従い、ネフェシュがミツアシの死骸の一部を採取しようとした矢先に、まるで霧が消えるようにしてミツアシの死骸は無数の小さな粒子に解け崩れ、跡形もなく消えてしまう。


「ち、これでは検査一つ出来んか。だがこれで分かった事もある。やはりこいつらは霧がないと存在できない生物だ。大きく環境の異なる場所からこちら側に生物を招く場合、そいつがこちら側でも生存できるように場を整えるか、処理を施さねばならん。

 ミツアシの場合はこの霧と奴自身の生命だ。霧は残ったが、ミツアシが死んだ事で存在が維持できなくなり、ああして消えてなくなったのだ」


「それじゃあ博士、この霧は別の世界からこっちにやってきた者達が作り出したと考えていいんですか?」


 アーリは、小剣や籠手からミツアシの血が綺麗さっぱり消えているのに少し安堵しながら、ユヴァへ疑問を投げかける。


「不審者の目撃例もあるからな。その可能性が少しは高まったといったところだ。合流を目指すのは変わらんが、ミツアシのような生き物がこれからも出てくるぞ。それにもしかしたら今回の事態を引き起こした下手人も顔を出すぞ」


 ユヴァの言葉に一行の誰もが気を引き締め直したのは、言うまでもなかった。

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