第14話 霧の訪れ

「皆さん、まずは好感触と言った様子ですね。では改めて今回の依頼についてご説明しますね。今回、グリア草原にて不審な人影が何度か見かけられ、それを不安に思った近隣の村人から、まずこのルゾンの市長へと話が来ました。

 そして万が一の事態を想定した市長から、当ギルドへと依頼が回ってきました。なにもなければ一番ですが、本格的にルゾンの軍を動かす前に冒険者の皆さんに調査していただく事となりました。

 三つ星冒険者のパーティー四組に対し、皆さんのように一つ星と二つ星で構成されるパーティーを三組預け、四つの大きなグループに分けて目撃情報のあった地点を中心に調査をお願いします」


「総勢は五十名前後といったところですかな? 冒険者を使った事前調査としては、随分と人数を動員しておりますな」


 この中では一番事情に通じていそうなウパウがそう口にするので、アーリ達は無条件でそうらしいと信じる。ユヴァとアミラを除けば揃いも揃って素直な少年少女達なのだった。


「ルゾンにほど近い草原での事件ですし、市長が危険視されたとギルドでは推測しています。こちらとしては相場以上の報酬を提示されましたし、所属している冒険者の皆さんに経験を積んでいただく良い機会でした」


 このアミラの説明に口を挟んだのがユヴァだった。


「それでどうしてグリア草原で不審な人影があると、市長が危険視する話になる。あそこには触れてはならないような禁忌でもあったか? 今のルゾンは、特筆するような緊張状態に置かれているわけでもあるまい」


 ウパウがふぁさりと墨衣から零れる尾を揺らした。ユヴァが尋ねなかったら、彼が質問するつもりだったのだろう。アミラは既に回答を用意していたようで、すらすらと答えた。


「ルゾンが建設される際、近隣に何時の時代に建設されたのか不明な古代の遺跡が埋没していたと記録にあります。知られている神性を表すどのシンボルとも異なるものでしたので、封鎖処置を施して現在に至ります」


「今になってその遺跡を悪用しそうな連中が出てきたから、今回の調査が仕組まれたわけか。こういう時、ろくな事にならないのが世の常であるからな」


「ええ、そういうことですので、どうかご理解を。もちろん、その不審者が遺跡を悪用するとも限らないのですが、念には念を入れるべき事態であると市長とギルドは判断いたしました」


「慎重を期すのが正しい事例だろうな。ならこれ以上口は挟まん。万が一になった時の備えもこの街の市長とギルド長ならしているだろう」


 まるでユヴァが市長とギルド長をよく知っているような口ぶりだったから、アーリは興味を惹かれた。とはいえこの場で尋ねる雰囲気ではないので、それはまた別の機会にと口をつぐむ。


「ご理解ありがとうございます。万が一の事態に関しては現場の三つ星の方達の嗅覚と勘を頼りにする形ですね。

 可能であれば不審者の捕縛と背後関係の洗い出しも行いたいところです。ですが、皆さんの場合はまず自分の生命を大事になさって下さい。さて、説明を続けますね」


 そうしてアミラからの詳細な説明をさらに受けて、アーリ達はようやく解放されるのだった。

 顔合わせと依頼内容の確認を終えた四人は、装備の補充がお互いに必要ない事を確認してから、ギルドの用意していた馬車に乗り込み、一路グリア草原を目指した。

 馬車の中には調査期間中の食料と水、テントが用意されており、至れり尽くせりである。


 御者はギルドの職員が務め、アーリ達は現地での活動に専念すればよい環境が整えられている。

 さて、そうなると幌付きの荷台で顔を合わせる冒険者達のする事と言えば、お互いの情報交換だ。

 今後もルゾンのギルドで依頼を受けて行けば、協力する場面もあるだろうし万が一グリア高原で戦闘になった場合に備えて、お互いの手札は知っておくに限る。

 もちろん、本当の切り札やアーリの救い主が暗黒神アンシャナである事など、伏せる情報もある。


 この時には既にネフェシュもアダマストラを纏い、兜を後ろに倒して顔を晒しただけでもし馬車が襲われても即座に戦える態勢になっている。

 荷台の真ん中あたりで車座になり、ガタゴトと揺れる中でウパウがまず口を開いた。

 冒険者としては一つ星の駆け出しでも、人生の経験値を最も積んでいるのはこの老獣人で間違いない。


「では親睦を深めつつ草原での万が一に備えて、ちょいと手札の開示と行きませぬか? これからしばし同じ場で月を見る仲となりますし、荒事になるやもしれんとなればお互いに何が出来て何が出来ないのか、それを知っておくのといないのとでは天と地ほども異なりますからな」


 ウパウが目隠しの下の瞳にどんな感情を浮かべているのかは不明だが、子供に毛を引っ張られても起こらない大型犬のような雰囲気がある。

 それがすべてではないだろうが、だからこそ人見知りなのが一目で分かるアシャとパーティーを組んでいるのだろう。

 同じ場で月を、というのは月の神たるツクヨラを信奉する信徒らの独特な言い回しの一つだ。


「拙僧がツクヨラを信仰しているのは既に申し上げましたが、その他に斥候の真似事とこの棍を用いた武術を少々嗜んでおります。目はこれこのとおり見えませぬが、鼻と耳はまだまだ利きますのでな。そちらでの探査などはお任せあれ。

 神聖魔術に関しては定番の神聖弾ホーリーバレット聖武威ホーリーウェポン治癒ヒール浄化リフレッシュを授かっております。

 ツクヨラの奇跡に関しては精神を狂騒させる【惑月まどいづき】、範囲内の音を消し去る【音無夜おとなしよ】、月光の矢を降らす【月降矢つきふるや】など。使わずに済むに越した事はありませんが、扱えまする」


 【神聖撃】などは特定の神に依らず、神官であれば授かることの多い普遍的な神聖魔術であり、一方で惑月などはツクヨラの信徒でなければ授かる事のない、ツクヨラ神固有の奇跡である。

 まあ、月を司る神は他にもいる為、似たような効果の奇跡は存在しているし、これはツクヨラに限った話ではない。それにしても信仰を持ってから日が浅いとはいえ、アンシャナから【黒ノ一閃】一つしか授かっていないアーリとはまるで違う。


「それだけの奇跡を授かっていらっしゃるとは、ウパウさんは冒険者になる前は高名な僧兵だったんですか?」


 はあ~、と感心の息を零してから素直な感想を零すアーリに、ウパウは小さく会釈し、無邪気な少年の感心に老僧は謙遜で答えた。


「いえいえ、祈りと鍛錬を重ね続けて歳を食っただけの老いぼれですぞ。老いぼれですがまだまだ動けますでな。存分に働いて見せまする」


 そう告げて、ウパウはまだ胸の前で握り拳を静かに合わせる礼をした。それから自分の右隣りに腰を下ろしているアシャへと声を掛ける。少しは落ち着いたのか、ギルドで顔合わせをした時よりもずっと落ち着いている。


「さて、次はアシャ殿でいかがかな?」


「は、はい! 改めまして、アシャです。あのあの、私も神官として奇跡を賜っております。

治癒と浄化、それに太陽神ソルゼより明かりを生む【燈火ともしび】、不浄の者を照らし罰する【天焼てんしょう】、ソルゼの威光による障壁を作り出す【焔障壁えんしょうへき】の奇跡を。

 あと、えと、石を投げたりとかもウパウさんに見て貰って、練習しています」


 アシャは自分の精一杯で告げた後、照れたように顔を伏せて左手で帽子をさらに深く被り直そうとする。数ある太陽神の一柱が、どうしてこの少女に声を届けたのか、少し興味の引かれるアーリだった。


「ふふ、それじゃあ、次は僕が。僕は見ての通りの戦士ですね。魔術の心得はありませんが、信仰している女神様から加速しながら相手に斬りかかる御業を授かっています。全力なら一日で一度しか使えませんが、加減すれば何度か使えるようになりました」


「ほう、御業とは興味深い。使い方が限定されがちな神聖魔術よりも、我が身を駆使して行う分、創意工夫のしようがありますからな。アーリ殿の若い感性なら、思わぬ新しい使い方が思いつかれるやもしれませんな」


「はは、ありがとうございます。信徒になってまだ日が浅いですし、教えを仰ぐ先達もいないので、毎日手探りです。でも僕が冒険者になるのを応援してくれている女神様ですから、とても感謝しています」


 このアーリの言葉にアシャは顔を上げ、ウパウはほう、と一言漏らした。そこだけ聞くと、アーリの信仰する女神が極端に彼に肩入れしているように受け取れるからだ。

 実際、神ないしは複数の神から祝福を受けて活躍する例は過去にある。ともすればアーリも先例に倣う可能性があるかもしれないのだ。


「僕の事で話せるのはこれくらいのものです。後はネフェシュとユヴァ博士の事を話した方がいいかな」


「はい! では私、ネフェシュはこちらのユヴァ博士の開発された魔術で動く甲冑【アダマストラ】を用いて戦闘を行います。身体能力の強化機能などもある甲冑でして、見ての通りとても頑丈に出来ておりますので、壁役、盾役はお任せください。

 予めアダマストラに装備した魔術を用いる事も出来ますので、ほんの数回ほどですが魔術による支援も可能です。

 ユヴァ博士に関しては御覧の通り愛らしい小動物姿でして、戦闘能力は皆無です。魔術の行使もあまりできませんが、探知や解析に関してはどんどんこき使ってください。まさに今回のような依頼にはうってつけです!」


 ネフェシュとしてはユヴァの有用性を主張しているつもりなのだが、当のユヴァはと言えばこき下ろされ、褒められ、こき使えと言われるなど踏んだり蹴ったりである。


「ネフェシュ、余計なことを言うな!」


「え、余計な事を口にしていましたか?」


「している!」


「はっは、ユヴァ殿とネフェシュ殿は実に親しい間柄であるようだ、善哉善哉。現場でどうなるかは分かりませんが、一つ星と二つ星の混成としてはかなり強力な面子でしょうや。ま、肩に力を入れ過ぎず行きましょう」


「な、なにもないといいのですけれど、はい」


 あまり荒事が得意そうでないアシャは、心の底からといった調子でそう口にする。調査の結果に依らず一定の報酬は約束されているから、それで済めば安全ではある。

 だが同時に古代遺跡と不審者という二つの要素が絡んでくる以上、そう簡単に事が済むとは思えない、とアシャはもちろんアーリらも心のどこかでそう考えている。

 そこからさらにお互いのささやかな冒険話や故郷での暮らしについて話し、それなりに親睦が深められた頃、唐突にアーリの心にアンシャナの思念が届く。それは、警告であった。


『アーリよ、霧が来る。備えよ』


「! 御者さん、馬車を止めてください!」


 突然大声を上げるアーリに、手綱を握るギルドの若い青年職員は驚いた声を上げる。


「え!?」


 アーリの行動には御者だけでなく馬車のネフェシュやアシャも驚きを隠さないが、すぐにユヴァとウパウが彼の行動の真意を察する。


「アーリ殿、神託ですかな?」


 そう問いかけた時には、ウパウは腰帯にたばさんだ棍を手に取り、耳をピクピクと動かしている。


「はい。霧が来る、備えよって!」


「おい御者、さっさと止めろ」


「は、はい!」


「ネフェシュ、それに太陽神の娘、お前達も備えろ。油断して命を落とすなど笑い話にならんぞ」


 ほどなくして馬車が止まり、戦闘態勢を整えたアーリ達も馬車を下りて向かうはずだったグリア草原の方を見る。

 するとアンシャナの警告の通りこれまで見通せていた地平線は、もうもうと立ち込める――いや、押し寄せてくる津波のような白い霧に飲まれていた。


「これはいけませんな。臭いは格別致しませんが、ユヴァ殿?」


「既に解析している。ふん、毒性はない。吸い込んでも肌に触れても支障はない。ないが、これだけの量が一度に発生するとなると、気象を操作する高位の魔法か魔術具でも使ったか。ネフェシュ、兜を下ろしておけ」


「はい!」


「ふむ、では警戒は鼻と耳の利く拙僧とユヴァ殿、それに盾役としてネフェシュ殿が致すとして、アーリ殿とアシャ殿は今のうちに出来るだけ、馬車から荷を下ろしていただき、御者殿にはギルドに報告へ戻っていただいてはいかがか?

 あるいは我らも馬車と共に戻る選択肢もありですな」


「戻っても構わんだろう。ギルドから伝えられた情報との乖離がさっそく発生しているのだからな。ネフェシュ、どうする?」


「私、ですか?」


「この面子で唯一の二つ星はお前だろう。三つ星の連中と合流できていない以上、この場では冒険者としての階級はお前が最も高い」


「えっと、は、はい、そうでした! ……博士が保証されたように、アダマストラの解析機能も霧に毒性がない事を示しています。現状、グリア草原方向から霧が発生している事しか分かっていません。

 ギルドならびにルゾン市が適切な対処を行う為にも、更なる情報が必要です。そして我々は他のパーティーに比べて戦闘能力、そして生存性において頭一つ二つ飛びぬけているものと思われます。

 三つ星冒険者を除けば、我々が最も霧内部の調査を行い、情報を集められる可能性が高いと客観的に判断します。よって霧内部の状況にもよりますが、まずは霧内部の調査を行うべきと考えます。

 ただこれはあくまで私の考えです。アーリさん、アシャさん、ウパウさんはどのように考えられますか?」


「僕はネフェシュの意見に賛成するよ。確かに謎の多い状況だけれど、何もしないで背を向ける気にはなれないかな。それに神様は備えよとは言ったけれど、逃げろとは言わなかったしね」


「私は、怖いですけれど、でも、ネフェシュさん達に同行します。私は、その、今までの自分を変えたくて冒険者になったので、ここで後ろを向けてしまっては変わらないまま、なので」


「ふむ、若人が奮起するならば老骨はなお励まねばなりますまい。いざとなれば拙僧が殿を務めましょうぞ


「博士、皆さんはこのようにお考えのようです。そして私も霧の調査の続行をすべきと判断します」


「ふん、そうか。冒険者だからと冒険をしなければならないわけではないのだが、な。物好き共め。ならばさっさと女神の言う通り備える事だ。御者、お前も手伝えよ」


 ユヴァはどうやらネフェシュに退かせたかったらしいが、それが上手く行かずに不機嫌な様子だ。そうして方針の固まった一行は、御者と共に出来る限りの荷物を下ろす作業に集中した。

 そうしていよいよ霧が近づいてくるまでに、食料や天幕を下ろした馬車は急いできた道を戻り、アーリらは臨戦態勢を整えて近づいてくる霧を睨む。

 現場に辿り着いてみれば依頼内容と異なる、あるいは異常事態の発生……三つ星の冒険者ともなれば珍しくない事態にアーリ達は直面しつつあった。

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