第11話 冒険者アーリ

 ゼゼルムの屋敷を出立し、ルゾンへと到着したアーリは田舎から出てきた少年少女にありがちないかにもおのぼりさんという反応を示していた。

 目抜き通りを行き交う人々の眼鼻の顔立ちや肌、瞳、髪の色から纏う衣服の意匠までさまざまで、国外から足を運んだ者達も少なからず混じっているに違いない。

 彼らの交わす言葉や歩む音、店で供される珈琲や紅茶の豊かな香り、取引される香辛料の刺激的な香り、重ねられた毛皮やはく製の獣臭、束ねられた薬草や生薬のツンとした臭い。

 人々が纏う香りも生活臭から香水の芳醇な香りまでさまざまで、人々の放つ熱と音と香りとが無造作に混ざり、反発し、都市を満たしている。

 通りに並ぶ店と並べられた商品の数々とその種類の豊富さは、同じ業種の店がいくつもあり、互いにしのぎを削り合っている証だ。ランゾンでは考えられない光景である。


「なにかお祭りがあるってわけでもないのに、これだけ人がいるなんてやっぱり都会は違うな」


 通りを行く馬車の上で、アーリがしみじみと呟くのを、ネフェシュは年下の幼馴染を見るような視線を向けていた。少なくともこのルゾンという都市に関しては、ネフェシュの方が先輩ではある。


「ルゾンは比較的大きな都市ですが、やはり最大の都市と言えば王都になるでしょう。アーリさん、色々と見て回りたいかもしれませんが、まずはギルドでゼゼルムさんの引き渡しを致しますね」


「うん、それはもちろんだよ。それに僕も冒険者として登録しないといけないし」


「はい。ではまっすぐギルドへ向かいます」


 馬型のゴーレムはネフェシュやユヴァの指示を受けて自動で進むから、口にはみを噛ませることも手綱を操る必要もない。魔術士が使う分には珍しくないのか、通りを行き交う人々はさして驚いた様子もなく通り過ぎて行く。


(うーん、ランゾンだったら皆注目するところだけれど、やっぱり人が集まるところは全然違うもんなんだな)


 そうしみじみとするアーリは人の波の中に冒険者か傭兵らしい者達を見ると、ついつい目で追っていた。同業者としてどこかで顔を合わせるかもしれないし、ひょっとしたら同じ仲間として組む機会が巡ってくるかも、と考えるとついつい目が行ってしまう。

 アンシャナに救われ、ネフェシュとユヴァに出会い、冒険者になる前にちょっとした冒険をしたが、それでも今のアーリはどこにでもいる冒険者に憧れる子供と変わりはなかった。


 ネフェシュの案内によって辿り着いた冒険者ギルドは、大元は宿屋だったと思しい四階建ての建物だ。近づくにつれて武具や水薬をはじめ冒険の必需品を取り扱う店が増え始め、通りを歩く人々も武装した者達が目立ち始める。

 それに伴ってアーリの興奮も増して行くが、その一方でアーリはネフェシュが冒険者らしい者達からよく一瞥を向けられるのに気付いていた。

 ユヴァが同行するとはいえ単独で行動し、アダマストラのような奇妙な装備を扱うネフェシュだ。同じ冒険者からしても興味深い存在だったとしてもおかしくはない。

 冒険者ギルドの建物に併設されている厩舎へ馬車を預け、アーリ達は道中で覚醒させたゼゼルムを引っ立てる。


「ではゼゼルムさん。覚悟はよろしいですか?」


 ネフェシュがそう告げる言葉に、猿轡も縄による拘束もそのままのゼゼルムはむぐむぐと唸って恨みの籠った視線を向けるが、ネフェシュはむん! と両手を腰に当てて胸を張り、怖くありませんよ! と態度で答えている。

 なんともはや微笑ましいと言えばよいのやら、どことなく感性がずれていると呆れればよいのやら。

 ネフェシュの左手にはゼゼルムを拘束する縄の一端が握られており、逃げだそうとしてもすぐにネフェシュに引き戻されるのがオチだ。またゼゼルムの足元にはユヴァがおり、ネフェシュが万が一しくじったとしても、彼が即座に対応する体制が整っている。


 ネフェシュを筆頭に冒険者ギルドの中に入って見れば、右手側にギルドの職員が並ぶ受付のカウンターがあり、濃紺の制服を纏った職員が六人いる。

 依頼主や依頼を達成した冒険者達がやってくるのを、六名の職員達は手際よく捌いており、冒険者ギルドの歴史は浅くとも有能な人材が揃っているように見える。

 ではカウンターの反対側はと言えば、そこには依頼を終えた冒険者や暇を持て余した冒険者がたむろする酒場となっている。

 何人かは入ってきたアーリとネフェシュに視線を送り、外の者達と同じようにネフェシュに視線を送り、次いで彼女に同行しているアーリへ物珍しげな視線を向ける。


「昔の冒険者は宿屋で依頼を受けていたっていうけれど、ギルドに酒場が併設されているのもその頃の名残なんだってね」


 机の上で硬貨の山を数えている冒険者達や、依頼を終えた後なのか陽の昇る時刻から麦酒を飲んでいる者、机に地図を広げて次の依頼に向けての打ち合わせをしているらしい者達と、アーリは手記を読みながら思い描いた光景がそのままある事に喜んでいる風だ。

 ネフェシュは受付の様子を一瞥してから、アーリの言葉に応じる。


「はい。冒険者ギルドが成立する以前、冒険者が依頼を受ける主な方法は万事屋さんを経由するか、宿屋や酒場で主人から紹介を受けるかといったものでした。

 その時代の名残であり、また冒険者の方々に支払った報酬を酒場でお酒や食事を提供し、支払わせることで回収する目的もあると思われます。それに武装している冒険者の方々が一般の食堂や酒場で飲食をするのはともかく、お酒に酔って揉め事を起こせばそれだけ冒険者全体と冒険者ギルドへの信頼を損ないます。なので……」


「ああ……目と手の行き届くギルドの建物の中の酒場に閉じ込めておくというか……」


 大声で騒いでいる一部の先輩冒険者達の喧騒と武装しているという一点を考えれば、なるほど、そういう見方も出来るなと思い至り、アーリは夢がちょっぴり曇った気分になり、言葉を濁らせた。


「そういうわけなのです。ただこの場に居た方が目新しい依頼を受けやすいですし、名指しの依頼が入った時にすぐに対応できるのも事実です。

 何事も一面ばかりでないのをどうぞ覚えておいてください。これは冒険で行き詰まった時、人生に行き詰まった時にも言える事です。と、そのように先日読んだある冒険者の方の自伝に書いてありました!」


 おそらく曇った表情に変わったアーリを元気づけようと、ネフェシュなりにギルド内の酒場について言及したのだろう。その気遣いが分かるから、アーリは慌てて言い繕う。お互いを気遣い合うのだが、どうも噛み合わない初々しさのある二人だ。


「あ、ああ、うん。先輩冒険者のネフェシュに貰えた助言だから、きちんと覚えておくよ」


「それならよかったです。あ、受付が空きましたね。アーリさん、それでは私達はゼゼルムさんの引き渡しと調査結果の報告に向かいます。今回はアーリさんにもお手伝い頂いたので、一緒に来ていただけますか?」


「分かった。僕、変な事を言わないといいのだけれど……」


 いよいよ冒険者になる時間が近づいているのだと思うと、アーリの心臓の脈動は激しさを増すばかりで緊張が心ばかりか体にまでドンドンと広がってゆくようだ。

 そんなアーリを見守るアンシャナも同じように緊張し、ぎゅっと両手で握り拳を作っているのだが、いつかアーリはそんな女神の姿を知る機械は巡ってくるのだろうか。


「ふふ、大丈夫です。アーリさんは見たままを話してください。それにギルドの方は大変聞き上手ですから、聞かれたことに答えればそれで問題はありませんよ」


「うん。そうする」


「やれやれ戦闘ではあそこまで立ち回れても、話術はそうも行かんか。小僧らしいわ」


「博士は相変わらず僕に厳しいですね」


 とアーリは苦笑するのを、ユヴァは、はん、と鼻で笑った。


「優しくしてやっているつもりだがな」


「はいはい、博士、もう行きますよ」


 そうしてネフェシュがゼゼルムを連れて、ちょうど手の空いた職員の下へと向かう。応対したのは栗色の髪を二つに分けて括った、小柄な童顔の女性だ。黄色い瞳がネフェシュと拘束されているゼゼルムの姿を見て、かすかに揺れ動くがすぐに収まる。


「お疲れ様です、ネフェシュさん。ゴーレムの排除と屋敷の調査の依頼報告でしょうか」


「はい、アミラさん。それと行方を晦ませていた魔術士ゼゼルムさんをこの通り拘束しました。また以来の道中でこちらのアーリさんにご協力いただきましたので、詳細を報告したいのですが」


 アミラと呼ばれた事務員は緊張した顔で兜を小脇に抱えているアーリを見て、強張ったあどけない少年の顔に何を見たものか。


「分かりました。お話を伺いましょう。それとゼゼルム氏はこちらでお預かりします。少々お待ちください」


 そう言ってアミラは席を立ち、カウンターの奥にある関係者以外立ち入り禁止の札が下げられた部屋に入っていった。

 ゼゼルムはいよいよもって自分の身体が極まったのを察して、ガタガタと震え始めているが、ユヴァがじっと睨みを利かせているから逃げられないのを悟っているだろう。

 ひょっとしたらアーリが気付いていないだけで、体を麻痺させる魔術の一つくらい行使しているかもしれない。

 ほどなくしてアミラは、年かさのいかにも魔術士といったローブ姿の男性と屈強な武道家らしき女性を連れて戻ってきた。


「ギルド付きの方々ですね。特に信頼されている冒険者の方や特別な契約を結ばれた方が、今回のような生け捕りにした魔物や特定の人物を引き取る際の護衛を務めるのです」


 アミラの連れる二人に興味を惹かれるアーリに、ネフェシュがこしょこしょとこそばゆい囁き声で教えてくれた。ふわりといい香りがして、アーリは頬を赤くする。


「へえ、貫禄がある人達だもんね」


 と答えるアーリがネフェシュから視線を外していたのを、ネフェシュが気付いていなかったのはなんとも喜劇めいていたが、ネフェシュの肩に乗っていたユヴァはふん、とひどくつまらなさそうだった。

 カウンターから出てきた魔術士と武道家の二人へゼゼルムの身柄を預け、身を捩って精一杯の抵抗をする魔術士の姿がカウンターの向こうにある部屋へと消えるのを見届けてから、アミラがカウンターの席に戻って座り直す。


「お待たせいたしました。それでは詳細を伺います」


「はい。予め資料を纏めておいたので、こちらをどうぞ。アーリさんも」


 ネフェシュが鞄から取り出した紙束を受け取り、アミラは微笑する。


「大抵の方は口頭で済まされるのですけれど、ネフェシュさんは毎回詳細をまとめた報告書を用意してくださるから、大変助かります」


「いえ、私に出来る数少ない事ですので。こほん、ではゼゼルムさんのお屋敷を目指す道中で、アーリさんとお会いした時の事からご報告したく思います」


「ええ。アーリ君も自分の記憶と相違があったら、遠慮なく言ってくださいね。貴方は冒険者ではないという事ですが、依頼主さんには出来るだけ正確な情報をお伝えしなければならないので、ご協力を願えればと思います」


「はい。でもネフェシュは頭の良い子ですし、あまり僕が口を挟む必要はないかも」


「それでも一つの物事に対する複数の視点というのは、大切なんですよ。ネフェシュさんお願いします」


 そうして語り始めるネフェシュに対し、やはりと言うべきかアーリはほとんど口を挟む必要はなく、それを聞くアミラも質問をすれば淀みなく答えが返ってくるから手を休めず資料作成を進めている。


「ではお屋敷に向かう最中、アーリ君と遭遇しそのまま共闘。その後、アーリ君が同行を申し出てネフェシュさんとユヴァさんがこれを受諾してお屋敷まで向かったと」


「はい。通常でしたらアーリさんの同行は断るべきなのですが、アーリさんが祝福持ちの方だった事もあり、危険性は少ないと判断してお屋敷まで一緒に来ていただきました」


「祝福持ち? それは珍しいですね。……ん?」


「なにかおかしな点でも?」


「いえ、そういうわけではありません。祝福持ちの方は珍しいですね。差し支えなければいかなる神の祝福を得られているのか、お教えいただけますか?」


「それがすみません。実は神様に神様の名前を口にしてはいけないと厳しく言われているんです。だからネフェシュや博士にも伝えていません」


「神からの制約ですか。そうなると私も無理に聞き出す事は出来ませんね」


「アーリさんのおっしゃる通りで、私も博士も具体的な神様の情報は持っていません。ただ、アーリさんは既に御業を一つ授かっていますし、肉体強化や暗視の能力もあります。信仰されている神様からはかなり目をかけられている方であると保証します」


 アミラは自分に向けて、アーリさんは有望株ですよ、と熱心に告げるネフェシュを珍しいな、と思いながら見ていた。

 ネフェシュは基本的にユヴァと共に行動するだけで、他の誰かと一緒に依頼をこなす機会はないし、たまに声を掛けられてもそれを申し訳なく断っている姿ばかりを見ていたものだから、アーリにこれだけ肩入れしている姿は珍しく感じられるのだ。


「分かりました。ふふ、珍しいものが見られましたね。では報告を続けてください」


「はい!」


 それから懇切丁寧に行われるネフェシュの報告をまとめ、アミラは席を立つと背後にある金庫の一つに腰の鍵束から選んだ鍵を差し込んで開けると、ガサゴソと物色する動作をしてから小さな木箱を取り出してネフェシュ達の前へと持ってくる。


「では依頼達成として報酬の半分をお支払いします」


「半分?」


 つい口を挟んでしまったのはアーリだ。慌てて口を押えるが、一度口にした言葉は戻せないものだ。アミラは微笑しながらアーリの疑問に答える。


「今回のような場合はギルドとしても、依頼がきちんと達成されているのかを確認しなければなりません。

 ただネフェシュさんのこれまでの仕事の実績と信頼、そして報告内容から報酬の半分をお渡ししました。ギルドと依頼主さんの方で確認でき次第、残りの報酬もお渡しします」


「そうなんですか。すみません、話の腰を折るような事を言ってしまって」


「いえいえ。ではネフェシュさん、どうぞ」


「はい。……確かに頂戴しました」


 アミラから木箱を受け取ったネフェシュは、箱の中に整然と並べられた銅貨の列を確認し、それから半分を取り出してから皮袋に入れ、それをごく自然とアーリへと手渡そうとする。


「アーリさん、こちらをどうぞ。ご協力いただいたことへのお礼です」


「ネフェシュ!? いや、そんな受け取れないよ。僕はまだ冒険者じゃないんだ。それなのに依頼の報酬を受け取るなんて!」


「はい。それは私も承知の上です。ですので、私が受け取った報酬から捻出いたしました。つまり、私の私的な財産からの捻出です。依頼の報酬というわけではないので、気兼ねなくお受け取りください」


 恐縮するアーリに対し、ネフェシュは意外な押しの強さを見せてぐいぐいと皮袋を押し付けてくる。ユヴァがなにも口にしない以上、アーリの知らないところでユヴァに許可を得ていたのだろう。


「あ、アミラさん、これって問題にはならないんですか?」


「そうですねえ、冒険者の方が受け取った報酬をどうするかまでは、ギルドから指示も強制も出来ませんから」


「そんな……」


 どうやら助けの手はない。アーリが困っている様子に、アンシャナもどうにか助けようとは思っているのだが、世俗に疎いぼっち暮らしの女神でも人間の暮らしにはお金が大切だということくらいは知っている。

 であるからアーリは拒んでいるが、それでもやっぱりお金は受け取った方がいいし、特に冒険者になるにあたってお金は必要だし、とアンシャナは玉座の上で頭を抱えてうんうん唸っているだけで、まるで役に立つ様子が見えない。


「アーリさん、どうか観念して受け取ってください。これから冒険者になられるアーリさんには先立つものが必要です。そしてこれは決して施しなどではありません。私の感謝と将来有望な“後輩”冒険者への投資なのです」


 アーリの瞳をじっと見つめ、真剣な表情で告げるネフェシュに対し、今度こそアーリは抗う言葉を失う。

 アーリの中にある小さな矜持と意地が受け取りを拒ませていたが、ネフェシュが本当に自分に対して期待してくれているのが分かってしまった。

 期待されているのだとわかったらどうしようもなく嬉しくなってしまって、絶対に答えなければと思うしかないではないか。


「もしまだアーリさんの気が引けるというのなら、今お渡ししたお金以上の価値があったのだと、冒険者アーリはそれだけの存在なのだと私に示してください」


「その言い方はズルいなぁ。そんな風に言われたら受け取らないわけにはゆかないよ」


「ふふ、でしたら受け取ってもらえるように頑張って考えた甲斐がありました。とはいっても銅貨ですのでこれだけあっても、金貨一枚ほどの価値もないのです」


 まるで報酬の額にケチをつけているようで、アミラを気にしつつ告げるネフェシュに、アーリは皮袋を受け取りながら笑って答えた。


「額の問題じゃないよ。村を出た僕が初めてした冒険の成果なんだ。一生忘れられない思い出だ。一枚だけ使わずにとっておこうかな」


「それもいいかもしれませんね。受け取っていただけて良かったです」


 ほっと安堵の表情になるネフェシュを見てから、アミラは初々しい二人のやり取りに自分も年を取ったなあ、と思いながらコホンとわざとらしい席を一つ。


「こほん。それでは話を続けてもよろしいですか? 調査が終了後に改めてネフェシュさんとユヴァさんに残りの報酬をお渡しします。二、三日お時間を下さい。お疲れさまでした。

 それとお話を伺う限り、アーリ君は冒険者になるのを希望しているのですよね。このまま手続きをされますか?」


 アミラは他のカウンターの状況を確認し、このままアーリの冒険者登録の手続きを進めても支障がないと判断した。


「は、はい! よろしくお願いします」


「うふふ、そう緊張されなくても大丈夫ですよ。冒険者の登録自体はすごく簡単なんです。お名前と簡単な経歴に技能をこちらの用紙に書いて提出するだけですから。それと手数料が少しかかりますが、そちらの心配はいりませんね。代筆も承っていますが?」


 アーリは瞳を輝かせて、アミラから渡された用紙に借りたペンに震える手で書き込み始める。


「代筆は大丈夫です」


 さらさらと名前や出身、年齢、種族、技能には剣術と書いておく。一応、暗黒神アンシャナの信徒ではあるが、アーリが使えるのは御業【黒ノ一閃】だけで、一般的な治癒や解毒の奇跡は授かっていない。そうなると技能と言えるのはやはり剣術くらいだろう。


「手数料はこれで足りますか?」


 アーリは書き終えた用紙と教えてもらった手数料をまとめてアミラに渡し、一から十まで慣れた様子で確認する事務員の姿に息を飲む。心なしか傍らでその様子を見守っているネフェシュも、ぐっと息を飲んで緊張しているようだ。


「はい。記載内容に問題はありません。では冒険者として心掛けていただきたいこと、それと注意事項についてご説明します」


 それからネフェシュや酒場に居る冒険者達も受けたギルドに所属する冒険者の決まり事について、アミラは滑らかな活舌で説明を進めて行く。アーリは一期一句聞き漏らすまいと真剣な調子で、いかにも冒険者に夢を見る新人といった様子だ。


「……以上ですが、ここまでで質問はありますか?」


「いえ、大丈夫です!」


「はい。元気なお返事ですね。ところでアーリ君。アーリ君ですがルーディンさんとマグリエさんから推薦されていますね。あのお二人は、冒険者の中でも上から数えて第三位に相当する五つ星の冒険者です。これはとてもすごい事ですよ!」


 冒険者の格付けは現在、星を用いた七階級で表現されている。冒険者になったばかりの駆け出しは“一つ星”となり、そこから実績と信頼によって星を増やして行き、最上位の冒険者は“七つ星”と呼ばれる。

 この星による格付け制度自体歴史が短いため、極わずかしか存在しない七つ星の冒険者達は、冒険者になる以前から名を馳せていた高名な武人や大魔術士、高位の聖職者達ばかりだ。

 お伽噺や物語で魔王を倒す勇者が居たなら、まずこの七つ星かそれ以上に相当するだろう。

 その中で第三位――五つ星の冒険者というのは、天賦の才能と不断の努力、そして運に恵まれた者でなければ辿り着けない位階だ。王国軍でも賢者の円卓でも、どこからでも引っ張りだこの一流の人材である。


「ルーディンさんとマグリエさんが……。お二人にはランゾン村でとてもお世話になったんです。村を離れるきっかけの一つでもあって、こうして推薦までしてもらえるなんて、二人には返しきれない恩が出来ちゃったな」


「ネフェシュさんの受け売りになりますけれど、それだけアーリ君が期待されているってことです。これは私達ギルドもアーリ君には期待してしまいますね。ぜひ、無理をせずに長く活躍していただきたいです」


 そう告げてアミラは一枚の銅のカードを差し出してきた。特殊なインクにより、アーリの名前が書かれ、名前の上に一つの星が刻印されている。

 これまで何枚も発行され、何人もの夢見る者達が受け取ってきた冒険者の身分を示す認識票だ。首にかける為の紐が着いているそれを、アーリはまるで宝物のように受け取る。


「これで今日から貴方は冒険者です。例え新人で駆け出しであっても、紛れもない冒険者になりました。どうぞ良き冒険を!」


 こうして、アーリはようやく夢への第一歩を踏み出す事が出来たのだった。


<続>

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