第2話 暗黒の力
アーリが命こそ助かったものの、その代わりに暗黒神の眷属となってしまった事実に衝撃を受けていた時間は、そう長くはなかった。
アーリを襲ったスケルトンウォーリアが、この一体だけだとは限らないことに思い至ったのだ。そうなると村の皆もそうだが、より危険だろう森の奥へと進んだ二人の安否が問われる。
「そうだ、あの人達のところへ行かないと。ルーディンさんとマグリエさんなら大丈夫だと思うけど」
調査の内容は伏せられたが、アーリにとって物語の中の存在だったスケルトンウォーリアがああして姿を見せた以上、彼らの調査と何かしらの因果関係があったと考えるのは当然の成り行きだった。
二人からの指示には逆らう形になるが、それでもアーリは二人を探す事を選んだ。暗黒神アンシャナの祝福を受けて、肉体に戸惑う程の力が溢れているのも、その選択肢を後押ししたかもしれない。
慣れ親しんだ森の道を、二人の姿を求めて全速力で走る。
アーリは今までとは比べ物にならない速さで走れるだけでなく、木々のざわめきや小さな生き物の息吹、風の運ぶわずかな匂いも鮮明に認識できる自分に驚いた。
筋力ばかりか五感もまた非常に研ぎ澄まされている。スケルトンウォーリアを一撃で倒せたように、自分の体が大きく変わったのが否応無しに理解させられる思いだった。
(でもそうしなければあのまま死んでいたんだ。戸惑っている場合じゃない!)
それは問題の先送りでしかなかったかもしれないが、あの二人の冒険者やランゾンの危機かもしれないと考えれば、自分の変化は後回しにしてかまわない問題だった。
程なくして森の中の分岐路の一つに辿り着くと、アーリは二人の足跡を探して地面に屈み込んで痕跡を探し始める。普段のアーリでは気付けない些細な変化も、今の“生まれ変わった”アーリならば見落とさない。
「あった!」
わずかに沈んだ土と踏みつけられた草、ほんの少しだけ多く落ちている葉っぱ、かすかに残る金属と香水の匂い。
アーリは北東と西に向かって伸びる分岐路の内、山へと続く北東の道を選んで駆け出した。まるで風になったように木々の合間を駆け抜けて進むアーリは、遠く聞こえる戦いの音に気付き、進路を修正する。
そうして修正した進路を進み始めた矢先、アーリは前方から木々をすり抜けて飛んでくる、青白い半透明の影に思わず足を止めた。
「あれは、まさかゴースト? いくら曇っているからって、こんな昼間から姿を見せるなんて、やっぱりおかしい」
そいつらはボロボロの半透明の布を纏い、顔に当たる部位は真っ黒く塗りつぶされて、青白い瞳だけが輝いている。
ゴーストとは死者の霊魂が何らかの理由で憎悪や恨みに満ちて悪霊と化したモノか、世界に満ちる魔力やかすかな怨念を集めて人為的に作り出したモノを指す。
どちらにせよ死者の思念を有しているのは変わりなく、必然的に生ある者を妬み、恨み、その命の熱を奪おうと襲い掛かってくるのには変わりない。
そんな魔物が三体、アーリへと迫ってきている!
「父さんたちの手記には、魔力のある武器か魔術じゃないと倒しづらいって書いてあったな」
低級であれゴースト系の魔物の厄介な点がまさにそれだ。彼らは完全な物体ではなく、密度の高い霊体である為、ただの数打ちの武具では効果が薄く、通常の肉体を持つ魔物を倒すよりもはるかに手間がかかる。
その分、魔力や神々の奇跡に弱く、魔術士や僧侶が居れば格段に対処しやすくなる相手だ。
アーリに魔術の心得がない以上、右手の小剣でゴースト達をどうにか斬り伏せるしかない。スケルトンウォーリアよりも時間が掛かるのは間違いないが、逃げられる距離ではなかった。
「数が多い。背後を取られないように気を付けないと!」
通常の魔物であれば例えば木を背にすれば、背後からの奇襲は防げるが、物体をすり抜けられるゴーストが相手だとそうは行かなくなる。四方への警戒とお互いの位置関係の把握が、極めて重要な戦いとなる。
とても知性があるようには見えないが、ゴースト達も自分達の数の利を弁えているようで、一体はまっすぐ、残り二体は左右に散開してアーリを囲う動きを見せる。
「でやああ!」
まずは先手を打って数を減らす! 大地を蹴って勢いよく飛び出したアーリに、正面のゴーストは反応できず、頭頂からまっすぐ縦に斬られる。
霊体であるゴーストを斬った感触はほとんどないに等しく、あまりの手応えの無さにアーリは戸惑いを覚えたが、小剣で斬られたゴーストがそのまま左右に分かれて霧散する姿を見て自信を深める。
「暗黒神だってなんだって、神様の祝福を受けたお陰か? でも、これならゴースト相手でも戦える」
闘志を燃やすアーリの右手側から、ゴーストが両手を振り上げながら飛びかかってきた。ぞわりと冷たい風に頬を撫でられるような悪寒に、アーリは後ろへと飛びさがってゴーストの一撃を避ける。
アーリは目の前に晒された無防備なゴーストの左側面を前に、右下段から斬り上げようと小剣を両手でしっかりと握り締めて、腰の回転を意識する。
「おおおお!」
舞い散る落ち葉の何枚かを巻き込んで両断しながら小剣は奔り、ボロボロのローブに包まれたゴーストの体を両断してのけた。会敵から瞬く間に二体のゴーストを倒せた事実に、アーリの口元がわずかに綻ぶ。
初めて遭遇した敵を相手にこうまで優勢に戦えた事実に笑みを浮かべるのを、油断と呼んでは酷かもしれないが、少なくとも三体目のゴーストを倒してから笑みを浮かべるべきだった。
「うっ!?」
小剣を振り上げた体勢のアーリに、左手側からゴーストが絞殺してやると言わんばかりの勢いで抱き着いてきたのだ。ゴーストの霊体が触れると同時にアーリの肉体から生命力と熱が奪われて、代わりに冬の風に晒されたような冷たさがアーリの心身へと襲い掛かる。
生命力と気力の強奪、これがゴースト系の魔物の一般的な攻撃方法だ。
一時的な意識の低下で済めば幸いだが、下手をすればそのまま意識を失い衰弱死に繋がるが……。
「これくらい、神様の声が聞こえてきた時に比べれば!」
アンシャナの声を聞いて味わった、あの体の中と魂までも凍るかのような冷たさに比べれば、ゴーストに締め付けられた程度、アーリに耐えられない道理はない。
アーリはゴーストを逃がさないように左腕で抱きしめ返し、ゴーストの胸へと強引に小剣を根元まで突き刺して、切っ先がローブと背中を貫いて飛び出す。ゴーストは断末魔を上げるかのように身もだえすると、そのままアーリの腕の中で消えてゆく。
「はあ、はあ、はあ、ふううぅ……よし」
深呼吸をして体内の調子を整え、アーリは今度こそルーディンとマグリエの姿を求めて、再び森の中を走り出す。
そして、アーリの探し求めるルーディンとマグリエは、アーリがゴーストと戦った場所からさほど離れていない場所に居た。
普段ならアーリやランゾンの村人たちが訪れることのない山近くの森の中にある、大樹が根を張った巨石がごろごろと転がっている一角で、今回の事態の黒幕と相対していたのである。
ルーディンは深く兜を被り、油断なく長剣と大盾を構え、マグリエもまた杖を構えていつでも呪文を唱えられる状態だ。
黒幕らしき人物は、いかにも怪しげな深い紫色のローブを纏い、左手には血管を思わせる不気味な装丁の施された赤黒い本を手にした老人だ。
巻き癖のある白い髪と髭を長く伸ばし、白濁した瞳を持った老人で、生きているのが不思議なほどにやつれている。二人を見る瞳には他者を見下すのをまるで隠そうともしない品性の下劣さが浮かんでいた。
老人の周囲には、ゴーストやスケルトンウォーリアをはじめとしたアンデッドが群れを成し、老人の足元には血で描かれた魔法陣がある。血は無残にも殺された森の動物達だ。死体はそのままアンデットとして利用され、老人の配下に加わっている。
「死霊魔術士ネクロマンサーブラベル、大人しくここで滅んでおきな! 誘拐に殺人、禁忌指定魔術の無断使用に違法儀式実行の数々、極刑以外に選択肢はない。その腐れた魂を契約している邪神に捧げて、存分に玩具にされるがいい」
ルーディンはマグリエに施された強化魔術による燐光を纏いながら、老人――ブラベルへ降伏勧告とも宣戦布告とも取れる言葉を浴びせる。
たったいま、ルーディンが口にした数々の罪を方々で犯したブラベルは、あまりの凶悪さから危険度の高い賞金首に指定され、また多くの被害者遺族や教団から抹殺の依頼が出されている。
ルーディンとマグリエもまた誰かの出した依頼を受けて、罪に塗れた死霊術士を抹殺すべくランゾンを訪れたのである。
「ホホホホ、まったく同じような言葉ばかり口にするものよ。卑しい冒険者や賞金稼ぎというものは、教養が足りておらぬ。なんとも嘆かわしい事。我のように死せる者達と日夜言葉を交わし、教養を磨かねばならぬぞえ」
「魔術で従わせている死者を相手にかよ。悪趣味野郎がっ!」
ルーディンが言い切った瞬間、爆発的な踏み込みによって超重量の武具で身を固めた戦士は疾風と化して駆け出していた。
その鎧の色と相まって不吉な黒い風と見えるルーディンの姿を、ブラベルはまったく捕捉できていなかったが、彼の周囲に展開していたアンデッド達は近づく生者の気配を敏感に感じ取り、腐った血液や肉片を零しながら迎撃に動く。
「死者よ、土は土に、灰は灰に還るがいい!」
視界のほとんどを埋め尽くして迫りくるスケルトンウォーリアや腐った狼に猪らへ、ルーディンは右手一本で振り上げた長剣を、技巧もへったくれもない腕力だけで振るい、一斉に薙ぎ払う。
いかに腐った肉と骨ばかりの連中とはいえ、それも死霊魔術によってそれなりの強化が施されているアンデッド達は、まるで冗談のように燐光を纏う長剣が触れる先から両断されていった。
そればかり長剣の刃が届いていないにも関わらず、その延長線上にいた個体までも両断される。
「フン、
ブラベルは配下のアンデッドが呆気なく両断されても動揺せず、ルーディンの手品の種を明かして嘲笑する。
「ありきたりな手段で負ける手勢しかないあたり、貴様の力量も知れるってもんだ!」
最初の一閃で相当数のアンデッドを倒したとはいえ、それでもまだまだアンデッドは残っている。ルーディンの長剣はアンデッドや人工魔獣対策に、もともと魔力が付与された特別な武器だ。
これで倒せばアンデッドといえども復活はしないが、数の多さには辟易とするものがある。
「そらよ!」
ルーディンの長剣が、ウォン、と一声鳴いて飛びかかってきたゾンビウルフの首を空中で薙ぎ払い、返す刃で背後に回り込もうとしていた骨だけになった大蛇の頭部を砕く。
正面から突進を仕掛けてきたのは、大槍を構えたスケルトンランサー二体だ。熟練の騎士を思わせる重厚な構えで大槍の穂先をピタリとルーディンの胸へと定め、骨の足で大地を駆ける。
ルーディンはそれを避けようとはせずに深く腰を落とし、両足を踏ん張って片手で構えた大盾を持って二本の大槍による突撃を真っ向から受け止めた!
「ぬうううんん!!」
腹の底からルーディンが吠えて、鎧の中の彼の筋肉が一層盛り上がり、身に着けた魔術の道具の効果で増した筋力は、あろうことかそのままスケルトンランサーを押し返し、仰向けに転倒させてみせた。
倒れ込んで隙だらけのスケルトンランサーに長剣を二度振るい、二体の腰と首を薙ぐと、ルーディンは一瞥もくれずにブラベルへ猟犬を思わせる鋭い眼差しを向ける。
「飼い犬が無駄に吠える! 聳え建て、
ブラベルが手に持つ魔導書が不気味に脈動し、駆け出したルーディンの目の前に地中から地鳴りと共に出現した巨大な髑髏の壁がそそり立つ。
障害物あるいは防壁として使用でき、また砕かれても防壁を構成する髑髏がフライングスカルという魔物となって敵へ襲い掛かるという厄介な死霊魔術だ。
ルーディンは髑髏の壁をまるで意に介さず走り続ける。薙ぎ払うつもりか、とブラベルが訝しんだ時、それまで後方で待機していたマグリエが高々と杖を掲げて呪文を唱え始める。
「天地を焦がす爆炎 不浄なるものを焼く浄罪の火よ……」
「ホホ、愚かな、悠長に呪文を唱える隙を与えるとでも?」
その時、頭上でマグリエの使い魔である鳥と争っていた骨だけの鳥達が、次々とマグリエを目掛けて急降下する。使い魔の鳥に翼をもがれ、頭を砕かれても意に介さず、四羽ほどがマグリエの体をその鋭い嘴で貫くべく迫る。
ルーディンが踵を返しても到底間に合わない距離で、ブラベルはマグリエが自らの血で体を染める姿を思い描いてほくそ笑む。しかし、浮かべた直後にその笑みは凍った。
突如としてマグリエの足元の影から巨大な腕が伸びて、マグリエまであとわずかと迫っていたカースボーンヴァルチャーを掴むや、そのままバキバキと音を立てて握り潰したのだ。
マグリエの影からゆっくりと肩、頭、首そして胴が出現し、黒一色の鎧を纏った影の巨人がマグリエを守るように覆い被さる。
「シャドウデーモン、いや、魔神の一種か!?」
「ふふ、なにも対策をしていないとでも? 地に満ちる罪を焼き清めたまえ
ブラベルとルーディンの中間地点に、白い火の粉が無数に生まれてそれらが一つの球体へと集まり始める。
すぐさま一抱えほどの球体となった火の粉は、一瞬で何倍にも膨れ上がると周囲へこの世の不浄なる存在を焼き清める爆炎を撒き散らす。
爆炎に伴う衝撃波と高熱が無数のアンデッド達を一瞬で駆逐し、ちょうどルーディンを守る位置にあった髑髏防壁も一秒と持たずにあっという間に崩れ去った。
「我のしもべどもをよくも!」
流石にブラベルは自身の周囲に張り巡らせた魔術の障壁で爆炎を凌いだが、彼の用意したアンデッドの軍勢は全て爆炎に飲まれて壊滅し、マグリエの放った魔術の凄まじさを物語っている。
激高するブラベルへ向けて、いまだに燃え盛る白い爆炎の中から、まったく燃えていないルーディンが飛び出してきた。マグリエの唱えた【滅却浄炎】はアンデッドや悪魔といった存在のみに作用する魔術なのだ。
ルーディンのような生者には一切害を成さないからこそ、燃え盛る炎の中を突っ切ってこられたわけだ。
「ありきたりな叫びだな!」
「おのれ、野卑な賞金稼ぎ如きに!?」
ルーディンはブラベルに意趣返しの言葉を発し、長剣の一線で魔導書を握る腕を斬り落とし、そのままブラベルのやせ細った腰を横薙ぎにして真っ二つにする。
魔術の守りが施されたローブと痩せばらえたとはいえ、骨ごと纏めて両断とは、尋常ならざる切れ味と膂力であった。
そうしてブラベルの体がゆっくりとずれて行き、地面に落ちる光景を近くの木の茂みに隠れていたアーリは、つぶさに見ていた。
二人に何かあった時に伏兵として飛び出せるように身を潜めていたのだが、アーリの手助けなど入る余地もなく、ルーディンとマグリエはブラベルとアンデッド達を倒して見せたのだ。
「すごい、あれが冒険者。ルーディンさんとマグリエさんの力なのか」
感嘆を隠しきれないアーリの目は、地面に刻まれた魔法陣を調べ始めたマグリエと慎重に伏兵を警戒しているルーディンに吸い寄せられている。
このまま姿を見せたら二人の言いつけを破ったと叱られてしまうだろう。いや、そもそもスケルトンウォーリアに斬られた傷は治ったが、服には斬られた跡が残っている。こんな姿でのこのこと前に出て行ったら、なにがあったと問い詰められるだろう。
「ここはこのまま戻ろう。服も着替えないと」
今まではブラベルとの戦闘でルーディン達に気付かれずに済んだが、拙いアーリの隠れ方では熟練の戦士である彼らにはすぐに気付かれるだろう。
アーリは息を潜め、足音を立てぬよう踵を返そうとした。そのアーリの視界の端に、地面に落ちてもなお魔導書を握り締めたままのブラベルの腕が映る。なぜかそれから目を離せずにいると、頭の中にあの暗黒神の声が響く。
『肉の器は仮初。魂を収めたる真の器はかの書物』
神託だ、とアーリが反射的に考えた時には体も動いていた。二人に見つかる事など忘れて、大急ぎで二人を目掛けて駆け出す。
「ルーディンさん、マグリエさん!」
「アーリ、追いかけてくるなと……」
「駄目です、本体はそっちの本だ!」
走りながら思い切り叫ぶアーリの言葉の内容に、ルーディンとマグリエは真偽を問うよりも即座に行動に移った。今日まで生き延びてきた彼らの直感が、アーリの言葉に従うべきだと決断したのだ。
ルーディンの直剣が唸りを上げ、マグリエの影から伸びた巨大な手が、ブラベルの腕が握る魔導書に叩きつけられるも、それらをするりと避けて魔導書だけが空中に浮かび上がる。ブラベルの腕は砂と化したように崩れていた。
“おのれ、今少しで不意を突けたものを、小童、貴様から始末してくれようか!”
魔導書から木霊するようにブラベルの声が響き、どす黒い煙のような瘴気が溢れ出して、いくつものブラベルの顔が集まった異形の形を成す。
老い、病み、飢え、傷つく肉体を捨ててより若く強靭な肉体や無機物に魂を移し替えるのは、死霊魔術士にとって常套手段だが、熟練者たるマグリエの魔術による探知を潜り抜けた隠密性は非凡の一言に尽きる。
大小無数のブラベルの顔が一斉に口を開き、そこに真っ黒い球体が生じる。ブラベルと魔導書の魔力が、彼の悪意を燃料にして更なる魔力を生み出している。
“深淵を覗きし我が暗黒の魔力を味わうがいい!”
アーリは自分に向けられる悪意に竦みそうになったが、それでも足は止まらずに走り続ける。腰の鞘に納めていた小剣を抜き放ち、ブラベルのいくつもの顔を睨みつける。
あいつの注意が自分に向けば、ルーディンとマグリエが助かる、と無意識に考えたのかもしれない。あるいは窮地に陥ったことで思考が停止し、蛮勇に突き動かされただけか。
『笑止、我が眷属を前に暗黒を語るとは』
(神様?)
『アンシャナと呼ぶのを許すぞ、我が眷属。下劣な私欲の為に他者の魂を弄んだ愚者に、真なる暗黒の力を見せつけてくれよう』
嘲りと怒りを滲ませる女神アンシャナの言葉と共に、アーリは体と魂に新たな力が与えられ、その使い方が自然と頭に浮かび上がる。
『さあ、我が神威を示せ、愚者に裁きの一撃を与えよ、アーリ!』
「うおおおお!」
アーリの速度がグンと増して、ブラベルから一斉に放たれた暗黒の球体を次々と躱してゆく。地面に着弾した暗黒球は泥のように弾けて広がり、ぐずぐずと地面を腐敗させる。
「
地面にくっきりと足跡が残るほどの踏み込みの直後、アーリの体を漆黒の光が鎧の如く覆って、一筋の黒い稲妻と変えてブラベルの魂を宿す魔導書へ迫る。
ブラベルが動揺を示す間もなく、アーリはその傍らを駆け抜けながら根元から切っ先まで深い黒に染まった小剣の刃で魔導書を両断し、その背後でようやく足を止めた。
アーリを覆う漆黒の光が消えてから、ようやくブラベルは自身が両断された事実に気付き、今度こそ本物の苦悶の表情を浮かべる。
“おおおがああがああ、なぜ、なぜなぜなぜ、我が魔導書が我が魂が小童などに斬れる!? こわっぱ、きさま、貴様は一体……ひいぃいい! それは、貴様、なにを宿して、違う、何に見初められてぇえ!?”
ブラベルはアーリの姿になにを見たのか、滅びる事への怒りよりも見えてしまったものへの恐怖を露にする。
アーリからすれば、間違いなく暗黒神アンシャナの影かなにかを見たのだと分かるが、邪悪な死霊魔術士があそこまで怯えるとなると、自分を救ってくれたとはいえアンシャナが途方もなく恐ろしい女神なのだと思ってしまうのも無理はなかった。
実際にはアーリを心配するあまり、ブラベルの言葉に怒ったふりをして新たな力を与えるような、信徒馬鹿な過保護女神だったりする。
しかしアーリにそれを知る術はなかったし、アーリに与えた技も彼女なりに年頃の男の子が好きそうな名前を必死に考えた結果だとは、なおさら知りようもない話であった。
<続>
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