第3話 一人のサムライ
一方その頃、サイラスは。
「むむ!?ここは!」
ぐるぐると回りを見渡す。じめじめとして薄暗いこの場所は。
「人食い沼ではござらんか!」
サイラスがアルドたちと出会う前、長い間修行を行っていた場所であった。
「なんたることでござるか」
何度見渡してみてもここにいるのはサイラス一人である。
「わし一人でござるか」
静寂が広がる。
「……何ともいえぬ心地がするのう」
いつも使っていた椅子に座った。
「そんなにを離れていたつもりはござらんが、とてつもなく久しぶりな気がするでござるよ」
ここを出てからのありとあらゆる出来事はとても刺激的であり、サイラスを興奮させていた。思いもよらない強い敵とも戦い、ずいぶんと力をつけてきているとも感じていた。
「思えばずいぶんと遠くまで旅をしたものだのう」
自分のいる時代を超え遥か未来まで。自分たちを助けてくれる四大精霊達のいない時代も知った。そして彼らは使命を果たしてこの時代からも去っていったのだ。
きっと、ここでひたすら修行していた自分に言ったとしても信じないだろう。当たり前にある精霊たちの恩恵が、失われるなどと。
「出来るのは刀を振ることだけでござる」
サイラスは刀をじっと見つめた。
「……静かでござるな」
「リィカやエイミがいればとてもにぎやかでござるが」
「おなごはよくしゃべるからのう」
エイミが聞けば怒りそうなことを言った。
「ヘレナはそうでもないでござるな」
彼女は比較的穏やかな口調であるからそう感じるのかもしれない。
「それにしても皆どこへ行ったでござるか」
サイラスは先程までの出来事を振り返る。
「確かワシらはニルヴァに向かっていた、しかしなぜかここに……」
「…………?」
「わからぬ、わからぬが、ここにはいなさそうでござるし、まずはアクトゥールで聞き込みをしてみるでござるか?」
サイラス一人では推理ができなかった。これでアルドたちと合流できるのであろうか。
「おなご三人よればなんとやらで賑やかすぎると思うこともあったでござるが……」
「味気がないものでござるな」
なくなって初めて気づくこともあるのだ。
☆
サイラスはアクトゥールに到着した。人喰い沼に程近い美しい水の都である。街中に水路が張り巡らされ、澄んだ水が流れている。早速目に入った男の子に声をかける。年の頃は十ぐらいだろうか。
「そこの少年、少々お尋ねたいことがござるのだが」
「ひっ!」
サイラスに声をかけられ振り返った少年はサイラスを見た瞬間悲鳴をあげた。
「む?」
「カ、カエルがしゃべった!」
「ああ、これは呪いのせいであってワシは人間でござるよ」
「うわーん、怖いよーー!」
少年は一目散に駆け出し姿が見えなくなった。
「ぬ?逃げられたでござるか」
そういえば最近はあまりなかったが、この姿を見て逃げ出す人はよくいたものだった。
「最近はあまりござらんかったが、どうしてでござろうか」
しばし考える。
「アルドたちと旅を始めてからあまりないような気がするでござる」
またしばし。
「……そういえば、たいていアルドが人に話しかけてくれるでござるよ」
合点がいった。
「アルドのおかげでござったか」
サイラスはまた誰かに話しかけようと周りをぐるりと見渡した。
「さて、次は誰に話しかけるかのう」
「あら?あなた……」
聞き知った声がかけられた。
「む?」
「サイラス?」
振り返ると、青いキツネのような犬のような猫のようなともあれかわいい小さな動物、名前はノア、を連れた神官の少女であった。
「メリナ、とノアでござるか!どうしたでござるか?」
「今日はここで布教活動をしていたのだけど、悲鳴が聞こえたから」
世のため人のために日々過ごすメリナらしかった。
「うむ、少年に聞きたいことがあって話しかけたのだが、悲鳴をあげて逃げられたでござる」
「そう……まあ、たいしたことじゃないなら構わないわ。あなたはどうしてここへ?」
「それが、ワシにもよくわからないのでござるが……」
しばしメリナに今の状況を説明する。
「なるほど、皆の言っていることが急にわからなくなった、ニルヴァに行くはずがここにいた、時代も違ったのね」
「そうでござる」
「とりあえず、次元の狭間に向かうのはどうかしら?合成鬼竜がいないならニルヴァに行くにもまずはAD1100年に行かないとどうしようもないし。この時代にも通じるところがあったわよね?」
「なるほど、そうでござるな!!いやー、メリナは天才でござるな!」
「そんなことないわ……私は今ここでやることがあるから行けないけれど……」
メリナは申し訳なさそうに言った。
「気にすることはござらん、自分一人では思いつきもせなんだ。かたじけないでござる」
「そう、無事に会えるのを祈ってるわ」
メリナはノアを連れて去っていった。
「さて、次元の狭間に行けるのは……ゾル平原の奥でござったかな」
サイラスはとりあえずそこへ向かうことにした。
☆
ゾル平原は一見穏やかな緑豊かな場所であるが、恐竜も出るような危険なところでもある。サイラスは道中敵を斬りふせながら進んでいた。
「ぬう。鍛錬のためと思い魔物を倒しておるが、手応えがござらん。」
サイラスは刀を鞘に収めた。
「それだけはワシが強くなったということでござるが、何とも物足りないのう」
独りごちながら目的の地に到着した。
「ぬ?」
そこには先客がいた。リュートという楽器を手にした、吟遊詩人のようであった。
「そこな御仁、ワシはその先に用があるのだが、少し避けてはござらんか」
吟遊詩人は目を伏せて言った。
「僕もここに用があって、ここから離れるわけにはいかないんだ」
「そうでござるか。では横を通らせてもらうでござるな」
「ん?いやそれはちょっと困るよ」
「なぜでござるか?ふむ、ではおぬしの用が済むまで待たせてもらおう」
「…………」
二人が会話することなく、時間が過ぎていく。太陽の高さも変わっていった。しばらく経って、サイラスは尋ねた。
「のう、おぬしは吟遊詩人であろう?こんな何もないところに何の用があるでござるか?」
「……風の音、生き物たちの声を聞き、五感を研ぎ澄まし物語を紡いでいるのさ」
「五感を研ぎ澄ます……ワシのする瞑想みたいなものでござるか?それなら少しわかるかもしれぬな」
「ふふ、感覚はとても大事なものだからね」
「そうでこざるな。まあ、まだ時間かかるようでござるし、申し訳ないが通るでござるよ。少々急ぎたいことがござるのでな」
吟遊詩人の横を通り過ぎようとした瞬間、彼の手に阻まれる。
「何でござるか?」
「ごめんね、通せないんだ」
吟遊詩人はリュートでつんざくような音を奏で始めた。そのあまりの音にサイラスは膝をつく。
「ぬう。このわけのわからん状況はおぬしのせいか?」
「僕はただ頼まれただけさ。ねえ、君はこの時代の人でしょう?わざわざこの時代から離れる必要があるかな?」
「ぬう?」
「この時代にはこの時代の素晴らしいものがある、そう思わない?」
「この時代この時代とうるさいでござる!未来にはアルドたちがいるでござる!だから行くのでござる!通してもらうでござるよ!」
サイラスは刀を抜いた。
「そうはさせないよ」
吟遊詩人は音色を変えた。
☆
吟遊詩人の奏でる音色はサイラスを翻弄した。力が抜け、本来の力が出ない。
「ぬう、修行が足らんか。また修行を増やさなければならぬでござる。しかし今は!」
サイラスは何度も何度も吟遊詩人に向かう。最初、吟遊詩人は顔に似合わずひらりひらりと攻撃を避けていたが、だんだんと疲れが見え、何度も向かってくるサイラスの攻撃を受けうずくまった。
「きみ、やるね」
「峰打ちでござる。安心するがよいでござる。しかしおぬしの面妖な術にやられるとは、ワシはまだまだ修行が足りないでござる」
「十分だよ……」
「さて、通してもらうでござる」
サイラスは次元の割れ目に近づく。
「まあ、仕方ないね」
吟遊詩人もついてきた。サイラスは振り返った。
「ぬ?」
「なんだい?」
「なぜついてくるのでござるか?」
「僕も向こうに用があるんだ」
「まあ、よいでござるが……」
サイラスは次元の割れ目に飛び込んだ。
「……バベル様、申し訳ありません」
吟遊詩人はため息をつき、サイラスの後を追った。
遠くで恐竜の鳴き声が聞こえた気がした。
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