第2話 心に生まれた気持ち

眩しさから解放されて気づけば、アルド、フィーネ、ギルドナはバルオキー、―バルオキーとは現代のミグランス王国の東に位置するのどかな町であるが―のアルドの部屋にいた。木をふんだんに使ったベッドや箪笥などの家具がある、こじんまりとしているけれど暖かみのある部屋だ。

「え、ここって……」

「俺の部屋、だな」

「ふん、狭いな……」

「いや、魔獣城と比べてないかそれ」

 魔獣城は重厚なたたずまいの巨大な城である。仮にも王だった人の部屋はそれはそれは大きいだろう。

「それより!みんなとはぐれちゃったよ!」

フィーネが言う。

「そ、そうだな」

「なんで!?何が起こったの?」

「理由は分からんが、行くはずだったところに行けなかったのは確かだな」

フィーネは腰に両手を当てギルドナを窘める。

「もう、なんでそんなに落ち着いてるの?」

「焦っても仕方ないだろう」

王たるもの、部下に指令を出すのにも落ち着き堂々と威厳を出すのが必要であったので、復活した際に容姿が若返った今でも身に染み付いているのだ。

 アルドは思い出す。

「さっきさ、他のみんなの言ってることがわからなかったけど」

「そうそう、サイラスは本当に困ってた」

フィーネも同意した。

「サイラスは誰の言葉もわからなくて、エイミ、リィカ、ヘレナ、合成鬼竜はわかってるように見えたな」

「ああ、そうだな」

ギルドナはうなずいた。

「そこからわかることは?」

「生まれた時代によって変わる、か?」

「かもしれない」

「ええ?そんなことして何になるの?」

「わからないけど……」

 ギルドナが鼻で笑う。

「ふん、理由なぞどうでもいい。これからどうするか、だ」

フィーネが問う。

「みんなどこにいったのかな?」

「それはやっぱりエイミ、リィカ、ヘレナ、合成鬼竜は未来、サイラスは過去じゃないか?」

「だろうな」

「そうだよね……」

「合成鬼竜がいないとなると……」

 時代を行き来する方法はまだある。

「次元の割れ目だな」

「そっか!そこから次元の狭間に行ければ、きっとみんな来てくれるよね!」

 過去でも未来でも現在でもない、「時」の概念のない場所。取り残された場所。それでいて全ての時代へとつながる場所。それが次元の狭間だ。

 アルドたちの時代で次元の狭間につながるのは―

「よし、じゃあ行こう!月影の森へ!」

 





 バルオキーの北西、ヌアル平原を抜けて月影の森へ行く途中、フィーネは色々と考えていた。

「ねえお兄ちゃん。次元の狭間に行ったらみんなに会えるとして、みんなの言葉わかるかな?」

「どうだろうなあ」

「そうしたら、どうやったらみんなと話せるかな」

「会えたらなんとかなるんじゃないか?」

「お兄ちゃんって、楽観的すぎじゃない?」

「そうか?」

 フィーネは兄に言っても無駄だともう一人の男に話かける。

「ねえ、ギルドナはどう思う?」

「知らん」

「ええ!みんなと話せなくて辛くない?」

「別に」

 フィーネは驚いた。

「えええ?!辛い、辛いよー!」

 ギルドナはフィーネから目を逸らし、遠くを見つめた。

「……生きていたらいい……会えればそれで」

「え?」

「生きていさえ、会えさえすれば、何か方法が見つかるまで探せばいい」

 ギルドナはこれまでの生を思い返した。

魔獣王として多くの人間を手にかけ、ついにはアルドたちによって倒された自分が、彼らのおかげで共にこのように旅しているのは何たる幸運か。妹とも側近たちとも穏やかに接することができる今の幸せを思うと、言葉が通じないくらいたいしたことではないと感じる。

 ギルドナはアルドの視線を感じた。アルド、この男に随分毒されたものだとギルドナは心の中で笑った。

「なあ、ギルドナ……」

「……行くぞ」

 ギルドナは止めていた歩みを進め始めた。

「ああ、みんなに会おうな!」

 アルドもそれについていく。

「あ!ちょっと待ってよ二人とも!」

 フィーネも二人を追いかけた。

 アルドは嬉しかった。ギルドナが自分たちを仲間だと思っていることがわかったから。絶対なんとかなる、これまでもそうだった。アルドはそれを信じている。





 月影の森は昼でも薄暗い。月の光のような青白い明かりを灯す植物が行く道を照らしてくれる。

「ねえお兄ちゃん。私たちがおじいちゃんのところで育ったのも、おじいちゃんがここで拾ってくれたからだよね。私、この月影の森の光大好きなんだあ。青い光だけどとってもあったかい光だと感じるんだ」

「ああ、俺もそう思うよ」

「懐かしくって、切ない気持ちになるのは、きっと未来から次元の裂け目を通って初めてきたところだからだね。お父さんお母さんと離れてしまったことも心のどこかで思い出すのかな」

「そうかもしれないな」

アルドも厳密には父、母とは呼べない彼らのことを偲んだ。彼はもともと飼い猫だったが未来から現代にきた際、アルドはフィーネの兄エデンの記憶を形取り人間となったのだ。そして兄妹としてバルオキーの村長に育てられるようになった。旅の途中で思い出すことになるのだが、今はもう過去のことである。

ふと、フィーネが言う。

「ねえ、お兄ちゃん。そういえばちょっとわからないんだけど、私たちって未来で生まれたよね?」

「うん?」

「だったら、今、未来にいてもおかしくないと思うんだけど」

「そういえばそうだな」

「なんでだろ」

アルドとフィーネは揃って首をかしげた。ギルドナが思いついたように言う。

「生まれたところではなく育ったところということか?」

「ん?」

「育ったところ?」

「いや、わからんが」

「うーん、何かあるのかもな」

「そうなのかなあ」

答えは出ないまま三人は月影の森を進んで行く。時折微かな虫の音がした。

まっすぐ歩き続け、アルドたちは月影の森の奥までやってきた。

しかし、あるはずのものがない。本来なら人一人の身長と同じくらいの直径の青白い円があるはずだが見当たらない。

「?あ、あれ?」

「ない」

「ないな」

「なんでないの?」

「まいったな」

「いつもはこの辺にあるよね??」

フィーネはいつもあるであろうところに手を伸ばしてみた。

「きゃ!?」

「フィーネ!?」

空をつかむかと思いきや、バチバチバチという大きな音とともに、次元の割れ目と同じくらいの大きさの球体が浮かびあがってきた。そこには模様がびっしりと描かれていた。

「なんだこの模様?これは……文字、か?」

「文字、だな」

「読めるか?」

「読めんな」

「文字にも見えるけど、この辺とか絵じゃないの?」

「うーん」  アルドはじっくり球体を観察した。

「この文字?絵?が次元の狭間に行くのを防いでいるのか?……よし、」

 アルドは気合いを入れ、得体のしれない球体を睨み付けた。

「お兄ちゃん何するの?」

「決まってる、こうするんだ!」

 アルドは剣を抜き、思い切り振りかぶり、球体に斬りつけた。

 すると。

「いたい!何するんだ!」

 キンと響く甲高い声。

「……」

 一帯に静寂が訪れた。フィーネがポツリ。

「……しゃべった」

「あー、バカにしてるなー!ここは通さない!」

アルドは彼?に話しかけることにした。相変わらず順応力の高い男である。

「用事があって、通してもらいたいんだ」

「通さない!」

「そこをなんとか」

「通さないったら通さない!」

「うーん、話にならないぞ」

「どっか行けー!!」

「うわ!?」

球体から伸びた文字?の模様が鞭のような形となり、アルドたちを襲ってくる。アルドは剣を抜いた。

「仕方ない!やるぞ!」





「観念して通してくれないか?」

 まったくもって アルドたちの敵ではなかった。

「……やだ」

「……どうしてだ?」

「…………」

 文字?は黙りこみ話そうとしない。ギルドナは無視して次元の割れ目に向かう。

「アルド、放っておけ、行くぞ」

「いや、許可をとってもからの方がいいかな、と」

ギルドナはため息をついた。

「こいつは勝手に通さないようにしていただけだ、気にする必要はない」

「そんな風に言わなくてもいいじゃないか」

「……バベル様のためだもん」

球体?は小さな声でボソボソと言った。

「ん?」

「バベル様がここを守るように言ったんだもん」

「バベル様?」

「バベル様は僕たち文字からしたらすんごい神様なんだから!」

「ああ、あんたは文字?なのか……」

アルドの頭の中は疑問符でいっぱいであるが。

「バベル様のためならなんでもやるんだから!」

「そうか、バベル様?が大好きなんだな」

「そうなの!!」

それだけはわかったアルドである。

「バベル様はね、いつも悲しそうなの!」

「ん?なんでだ?」

「人間は分かってない!って」

「んん?」

「アルド、もういいだろう、行くぞ」

 ギルドナはしびれを切らした。

「あ、ああ」

「いいのかなあ、なんかこの子可哀想だよ」

  フィーネは後ろ髪ひかれる。

「こんなのに付き合うとキリがないぞ」

 ギルドナはさっさと次元の狭間へと飛び込んだ。アルド、フィーネも続く。

「あ、待てーー!」

 文字?も追いかけてきた。 瞬く間に彼らの姿は月影の森から消え去った。

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