ありふれた、何もない景色。

 希望なく、喜びなく、しかし穏やかな日だ。

 未来を見る事さえしなければ、全てが擦り切れていく様から目を背ければ、独り、私だけあるという事は、なんと安らかな事だろうか。


 私に声を掛ける人はいない。

 私が声を掛ける人はいない。


 ふとした時に気づく。

 ただ一言を言うのに、考える事に。

 僅かの間に、私の言葉は、欠落していったという事に。


「あ……」


 眺め歩く人々が、私にとっての景色であるように。

 彼らにとって、私は景色なのだ。


 荒れた道に生える雑草の一つ一つの、その名前を誰も気にしない、知ろうともしないように。


 振り向くことなく、ただ、前だけを見て去っていく。


「私はここにいる……」


 風よりも小さな声だ。


「私はここにいる」


 自動車が走り去る音にかき消された。


「私は、ここに、いるっ!」


 何も変わらない。

 誰も、私を見ない。


 私は消えたのだ。

 この建物や、雑木の景色の中に溶けてしまったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それはある晴れた日の午後に死体と出会ったような 大根入道 @gakuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ