その二十二、客人

――医術に長けた、片割れの妹。兄たる少年の、生まれ持つ病を晴らそうと。武の修行の合間を縫って野山・森へと赴いては、突破口を探し求めていた。忙しない妹の足がぴたりと森から遠ざかったのは、つい最近のことだった。


【血と結びつき・実れば、病を浄化する助けになるだろう。――ただし、もしも種が枯れることになれば。新たな種を生む苗床として、男の身体と魂は喰われよう】

指先の爪で、種を手に取った少女の首筋をぷつり、と刺す“何者か”は、無慈悲な宣告をした。


見つけた種は、あまりにももろく・まばゆい光を放つものだった。妹は、兄に渡すことを拒んだ。が、悩んでいる間に、兄の手に渡ってしまった。今の現状が、その結果だ。


種は、芽吹くために兄の身体に根を張り、育つために周囲の穢れを寄せ集め・吸い取った。


【おめでとう】

【おまえは種に選ばれた】

【力を得て、生まれ変わる】

【おめでとう】

【おめでとう】

【古き病に縛られず、歩め】


【種は、まこと神聖な賜物。精霊の膝元で、時と共に力を蓄えた――いわば、次なる精霊】

【血を捧げよ】

【血を捧げよ】

【宿主以外の、ものの血を】

【一月に一度、浴びよ】

【種に与えるのだ】

【あたたかな血を】

【あたたかな血を】


声が祝福するのは、種を手にした少女でも、宿した少年でもなかった。ようやくふさわしい器・隠れ家を見つけた――種の命を、祝福していた。


「あのとき。眠っていたはずのわたしは、何処かで願ってしまった……

“いきたい”と」

女は、再度少年が口を開くのを見て、表情を固くした。


「けれど、願うからこそ失い・得るものもある。願いの形も、代償とどう向き合うかも、様々でしょう」

「――そうだね。おまえは、ひとを決して傷物のように扱いはしない。やさしく・尊く触れてくる」

頬に伸びた少年の手を、女の――白い毛並みの手が受け取る。そうして、女はいとおしそうに鼻先を寄せ、目を閉じた。


「……いつか、この身体を食い破って、皆の言う“夜叉”が顔を出すのでしょうか」

“誰も手をつけられない”ほどの力を秘めている少年――つまるところ、暴走したとて“誰も止められない”ことを意味していた。少年自身もとっくによく理解していたから、余計に複雑な思いだった。


「潮時かもしれないね、色々と――」

目の前にある小さな身体を覆い隠すように、白は少年をぎゅっと腕に抱え込んだ。“もしもそうなった”とき、唯一の肉親が前に居たら。間違いでも殺しかねない。一族内の煙たい争いを放棄して。新たな火が立たないうちに、遠くへ去る――それが、少年の次なる選択だった。


同じ敷居のなかで向かい合いながら生きてきた兄妹が、別れる。

先の未来の為に、他を避けて遠ざかる兄。

他の為に、持てる力を全て削って奔走する妹。


互いに競い・潰しあわせようという一族の頭――父の目論見も、とうの昔に崩れ去った。


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