その二十一、客人
夜。耳にする物音といえば、かすかな虫の音と、屋敷の侍女たちの控えめな足跡に限られた。長く続くばかりの廊下に、唯一火の灯る時だった。
時折、ひやり、と脳裏や首筋に冷たさを感じる寝床――泥の中で囲まれた。
ぼおっとした視界の隅で動いた“何か”を、小部屋の主が見逃すはずもない。横たえた首と目に“何か”が差し向けられる前に。主――少年は、傍らの小太刀を手に、起きる。木葉が突風であおられて、ひゅん、と一瞬で流されていく様に――“何か”の塊を、はね除けるように切り裂いた。
ぶつかってくる細弓の矢。何度も刺し向けられる、視線と短刀の刃。つい先ほどまで、寝床に横たわって休んでいたのが嘘のように――少年の体は、素早く刺客に反応して動き続けた。
小太刀の触れたわずかな箇所から、まっすぐに割れていく世界。
破れた襖から見えた少年の姿を、屋敷仕えたちは口々に噂していた。
「頭は、何故ご子息を破門にしないのです……?」
「何を言ってる。……床に伏せることが多いとはいえ、あの強さ。誰も手をつけられないだろう」
「なのに刺客は皆、殺さず捕らえているとか……生き殺しだわ」
「薄気味悪い――中に夜叉でも宿しているのでしょうか」
ひとり、またひとりと。口を開けば不安が広がっていく。一族の今後・後継者の一件を巡って、少年を煩わしく思う者も少なくなかった。
とはいえ、残忍に赤く染まった部屋を目の当たりにして、少年を悪とする者・できる者が誰もいないのも、事実。むしろ、“少年の領域に立ち入る者は愚かだ”と、ある種の哀れみや軽蔑が向けられていた。ひとえに、他を寄せ付けない異質な存在感と、力のせいだった。
「……相変わらず、何も言わず、何もやり返さないんだねえ」
昨夜の騒動で倒れた花の一輪挿しを直す、少年のすぐ傍には……その様を、静かに見つめる女。
意識して聞かずとも、外から聞こえてくるささめごと。少年の身体は些細な雨音を気に留めることもなく、ただじっと手元に集中していた。
「わたしの、このもらった命は――他を奪うためのものではありません」
「そうやって、妹をかばう。救われるのかい、それで」
「いいえ、全ては」
あっさりと首を横に振る少年を、影の女は“ほぅら”と言わんばかりに笑った。花と水があふれ、空っぽになってしまった一輪挿しの水滴。少年はひとつひとつを布で丁寧に拭い、棚上へと戻した。
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