その十八、客人
「水は、どんなものだと思う?」
幼いころ、母にそう問われたことがある。ただぼんやりと湯飲みで手を温めていたわたしは、目を動かし――じっと中の白湯を見つめた。
「わたしを……この世を“包むもの”です」
水面に丸く切り取られた、小さな自分の顔。自分が今水面を覗いているように、何処かで何かしら・誰かしらがこの世を傍観しているのかもしれない。
理由を聞かせて、と母は珍しく無邪気な笑みをわたしに見せた。一見すると、気配の薄い霧のような――色味の儚い姿。けれども、風に細くたなびいて流れていく雲のように、うねる茶の髪。肩口を過ぎ、ふわりと背中に……腰に広がる様は、美しい枝木のようだった。
母の髪が、囲炉裏の火や夕暮れの斜陽に染まる光景を見る度に。輪郭にやさしい影が刻まれていく。
わたしは、いつも感じていた。
木々や葉が焼かれていくようだ、と。
寂しく枝先で揺れている枯れ葉が、色付く瞬間に似ていた。どこまでも透けるほどの紅。その身の内に、どれほどの激情を秘めているか――いくつの心労を溶かしているか。誰も図り知ることはできないだろう。
「水面に映る・存在する月や船を、“浮かぶ”と例えるように……そのひとが落ちぬように受け止め、時には他の目に触れぬよう覆い隠す。水は、他を寄せ付け、守るもの――そう思うのです」
熱心に口を動かすわけでもなく、淡々と習いの歌を口ずさむようにわたしが答えれば、母は目を見開いていた。
そうして、ぱち、と囲炉裏の薪がいっとう音を立てると、“素敵ね”と火の美しさに見惚れるように呟いた。
「……水は、竜神さまの口から賜ったものとも言われている。ワタシは、人間の扱う“言葉”と同じものだと思っているわ」
母は、水を“言葉”だと言っていた。見る者・使う者によって形を変え、世を満たす。使い続ければ、いつしか必ずあふれてこぼれる。それが恵みになるときもあれば、暗いよどみになるときもある。
涌き出るのは、内側にある思い。どんなときでも、それは変わらない。
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