その十七、客人

琴を爪弾く度に、思う。

美しい音を生み出す一本一本の弦、糸が震える……その様に。一見命のないものであっても、動くのだと。


奏者である何者かの、指の圧力に押されて。鶴は呼び声に応えるように力強く身を動かし、時には怯えるように小さく、弱く鳴く。どちらもひとえに、今を紡ぐ者があってこその営みだ。


万物は姿形・身体を持つが故に、ほころぶ。それを知り得てなお――どこかで、からん、と次なる一音が生まれる。


今日は、わたしの耳に近いところからだ。――花開いた桜の花弁が、風に散ってゆらゆらと浮かんでいくような。枝から離れたやわらかな衣を、手で受け止めつかまえようとしても……できなかった。この桜は、次の花の為に消えて行くのだ。


ぼんやりとした視界を手で一度真っ暗にして、わたしはもう一度両目を開いた。

「!にいさま」

「……二日です。よく眠っていました」

嗅ぎ慣れた薬の匂い。わたしの布団の側には、少女が二人並んで座っていた。丁寧に結い上げられた、桜の髪と、若葉の髪だ。


いつもと違うのは、膝元で結ばれた手が、ぎゅっと強ばっているところ。髪に小さな鈴飾りが付いていて、服装も祭事用の真白だ。きっと、依頼を受けて儀式を行った後、間もなく。床に伏せるわたしの元へ来たのだろう。


「ありがとう」

重ねられた布団の中から、わたしは精いっぱい左手を伸ばした。その意図を読み取って、少女らは私の手を、左右からそっと包んだ。


「ばば様が、先ほどまでいらっしゃいました。薬を作りに」

「ねえさまは、地主さまのところ。もうすぐ帰ってくるよ」

その他、必要な近況を少女らから聞く内に、朧になっていた頭が少しずつ覚醒してきた。


“――まだ苦しいですか?”

“わたしたちに、他にできることはある……?”

折り重なった手指が、二人の本当の気持ちを表しているかのようだった。気丈に振る舞い、店の仕事もこなしているが、まだ十五にも満たない少女たちだ。わたしのことだけに限らず、様々な場面で負担をかけていることに変わりはない。


わたしの周囲の女性たちは、本当にたくましい。いくら己の願いが粉々になろうとも、意思は折れない。くじけて悩む、ひとりの姿を影に落として――表に立つ。疲れや憂いを表情から読み取れるときもあれば、巧みに身を翻されて、推し量ることすら容易ではないときもある。


「ねえさまが戻られる前に、着替えてきます」

「お湯も沸かしてくるからね」

二人が立ち上がり、部屋の襖を閉じて去っていった後。わたしはいつも、自分の望みを再確認する。


わたしは、この場所を決して手離したくないのだと。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る