その十四、大女将

真っ直ぐと姿勢を正した花に、ゆるやかな曲線を現す葉。菖蒲の花が活けられた宿の客間には、二人の母がいた。


「こうしてお茶を飲みながら話すのも、久方ぶりですね」

茶の香りにほっと目を細めながら、髪の長い女性がもう一方に話し掛ける。幾重にも重なって地上に降りる、日光に似た金色の髪。それを引き立てる、厳かで堂々たる漆黒の和装。所々に施された紅の模様――火の宗家である証――が、内に宿る炎を思わせるようだった。


「ええ、同じく。――日々、忙しないですからね」

日光の言葉を受け取ったのは、話の場でもある宿の大女将。木目のように細かくうねる、茶色の髪。襟足は長くなく、首筋で切り揃えられている。身にまとう紺の着物と相まって、夜明けを迎える――雨を受ける森林を目にしているかのようだ。


「先日は、娘が世話になりました」

「いいえ。忍衆の頭領として、当然のことをしたまでです」

大女将が頭を下げると、“よいのです”と日光は首を横に振った。宿の後継者である若女将が、潔斎場で竜の襲撃を受けた一件のことだ。宿からの要請を受けて忍衆が場の始末に当たったが、幸い彼女に怪我はなく、焼け焦げた祭壇の修繕を行う程度に留まった。


「溶けて、飲み込んで、流れていく。あいまいで、あたたかで……それが、水の生きざま。――頭では、わかっているのです」

宿の大女将として、母として。後継者たる娘、若女将に、厳しい試練を与えてきた。しかし、ひとつひとつを踏む度に、果たして本当に良かったのか否か、ひとり悶々と考えていた。


完成がないからこそ、形が違うからこそ。言い様のない不安と、とまどいが交差する。


「“守る”とは、存外難しいことです。ひとりでは成し得ず、多くともこぼれ、余る。――だからこそ、命懸けです」

日光は、傍らに置いている自分の刀――いつも肌身離さず持ち歩いているもの――をちらりと見ながら頷いた。



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