その十三、家臣
広い屋敷、得体の知れぬ、顔色さまざまな家臣たち。遠方から身一つで仰せた娘は、我々の知らぬところで肩身の狭い思いをしているのでは……という老体の勝手な心配は、どうやら要らぬものだったようです。
「万屋に行ってくるね。薬の材料を買いたいし」
「……お一人で行くおつもりですか、なりません」
家臣のなかでも一際他を寄せ付けなかったはずの強面が、いつからか奥方の後ろに常に付いて回るようになっていたのです。何故、と強面に問うたところで、“この身は、奥方の命を果たすために使う”との一点張り。殿には一端の忠誠はおろか、協調する意思すら示さなかった男が。
「戦事ばかりに目を細めていた男連中が、奥君の愛らしさに目を細めるようになるとは……」
我が陣営においての知恵であり、参謀。殿の親友でもある物静かな男も、廊下を忙しく行き来する二人の様子を聞き、愉快そうに、珍しく穏やかな笑みをこぼしたものだ。
「よい。軍議が終わり次第、我々もついてお供することとしよう。奥君よ、混ざっていただけるか」
そう娘に提案して、やはりといいますか、参謀もちゃっかり、護衛を果たそうと動いた次第でした。
我らが守る領地は、野山と森に囲まれた場所。それ故に、奇襲や夜戦は珍しくなかった。不安の種は尽きることはなく、定期的に軍議を開き話し合いの場を設けていました。
「……森の中は、忍衆にはうってつけの隠れ場。途中で、別の前線部隊と合流する可能性も高い」
鋭い指摘と共にぱちん、と扇子を閉じ地図を指し示す参謀の隣で、娘も口を揃えて続けた。後方に、参謀ともう一人、要になる人を置いた方がいい。場合によっては、そちら側が主力戦になることもあり得る、と。
ふむ、と皆思わず考え込んだ。家臣それぞれ、各々の得意とする戦法を合致させつつ、離れた戦場でも上手く立ち回らなければならない。個が柱となって、より統率を取らなければと。もとより、忍の一族から来た奥方が、迷いもなく言うのだ。この娘がそれに近い状況・実戦を経験し、くぐってきていることは明らかだった。
「あたしは、どうあがいても“普通よりは腕の立つ娘”にしかなれなかったから……。医術を捨てて、武の道一筋に走っていたら、違ったのかな」
「……勿体ない。それでは、今のそなたには到底及ばぬ」
自嘲ぎみに己を語る娘に、参謀はあっさりと、しかし真剣にそう返した。
「“闇雲に”という言葉があるように、“我武者羅に”という言葉もある。結局のところ、その者が何を選び取りどう扱うかは、良い意味で、野放しかつ自由であるのだろう」
だからこそ、娘が殿の隣に――戦場の真っ只中に立つことを、咎めることはしないと。参謀は娘に語って聞かせ、娘の好きな茶菓子を差し出した。
「そなたが、今のそなたであること。それこそが、大将たる殿の番になった由縁であり、誇り。真っ直ぐすぎるが故に、強い男だ。そしてもろい。……私の親友を、どうか支えてやってほしい」
普段は決して私情を挟まず、感情を強く出さない参謀が。厚く願いを口にしたのは、後にも先にも、殿と娘以外にはいなかった。
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