その十二、家臣

懐かしいものです。あれは、おひいさまが我が家門に嫁いで来られた日だったか……


まるで、色付いた紅葉のような色合いの。可愛らしい少女が、こじんまりと廊下においでだった。それはもう、緊張の面持ち。屋敷の侍女たちが、それ“よく晴れた青空ですよ”と空を仰いでみせようとも。ええ、とほんの一言の返事で済まされて、口をつぐむほどに。


そんな少女を置いて、我が主君――若き殿は、部屋にこもったきり出てこないかと思えば、呑気に茶を点てておられた。


「殿!何をしておられるのです、おひいさまがお待ちですぞ!!」

家臣を代表して私が叫べば、殿は特別焦る様子もなく、「どうした」と一言。こちらに首を動かしたかと思えば、不思議そうに私を見た。


「これから生活を共にする家族なのだ。まずは、茶を飲みながら話そうと思ってな」

座敷の上で対面し、待たせてすまない、と頭を下げる殿を見た少女は、やはり、いえ、とうつむいたまま言葉短く返した。お茶の席といえば、やはり多少の作法がつきまとうものである。加えて、慣れない白無垢姿の少女からすれば、教養が試されてしまう。


やはり、殿手ずからのもてなしに異を唱えるべきだったかと、数いる家臣のなかでも長い私は後悔しました。


「俺は、他に見せられるほどの特技がない。皆にはよく怒られる」

「……い、いいえ!あたしのために、淹れてくれたんでしょう?立派な特技だと思う!」

実にあっさりと殿が言ってのけるから、少女は努めて明るく答えてみせた。そして、殿が置いた湯飲み茶碗を両手で持ち、口を付けた。


少しずつ、少女が本来の姿に近付いてきたのがわかったのだろう、殿は至極満足そうに笑っていた。自分のことを話の種にして、わざと少女がどう出るか試したのだ。垢抜けた少女の顔を――次に殿がどんな言葉を返してくるかどきどきして赤面している様子を見る限りでも、とても素直ではっきりと物を言う娘だとわかった。


「……強いて言うなら、もう少し、甘めがいいかも……」

「!そうか、善処する。次の茶会が楽しみだ!」

砕けた口調、遠慮がちながらも物申す態度。今は穏やかといえど、領地をめぐっていつ戦が起こるともわからない。限られた猶予のなかで、若き二人が何度茶の盃を交わすことができるだろうと、殿自身も心苦しく思っていたようです。


「……こんなに賑やかな屋敷は、初めて」

婚儀の終わり際。ほろりと涙を流した娘の姿に、殿はひどく慌て、侍女たちはもらい泣きをし、私は嬉しくなりました。

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