その十一、客人

今日、わたしは一日暇をもらい、店を離れていた。二人――それぞれ、若葉と桜の髪を持つ少女ら――は、朝食後にいつもと違う方へと席を立つわたしを見て、至極驚いていた。


一方主人(マスター)からは、わたしが事前に言わずとも、“明日行くのよね?”と確認があった。勘が鋭く、故に悩み事も多いであろう主人(マスター)には、本当に頭が下がる。


行き場を、生き場所を。ただふらりと歩きながら探していた、ひとりのわたしを。“ちょうどよかった”と軽い調子で、けれども手厚く――手を引いてこの店に入れた。空白になりかけていたわたしのからだに、役割を持たせた。


「あら珍しい。今日はひとり?」

「ええ。暇をもらいまして」

行きつけの呉服屋に出向くと、店主――わたしとは、下町の寄席で共に舞う、芸仲間でもある――は二人分の湯飲みを持ってきた。裏手にある客間で、畳の上に膝を折り向き合う。


「……持ってきた?」

店主は前触れもなく、大切なことを確認するかのようにわたしに問う。紅色の爪が、今日も鮮やかに男を仕立てている。わたしが答えを示す間に、目の前の男は菓子入れに乗せたチョコレートの包みを、くるりとねじって開けていく。来客が湯飲みにしか手をつけないでいることを、不思議がることもない。


五つある宗家の内の、一つ。その当主でもある男は、わたしと“あの子”のことを知る数少ない人物のひとりでもあるからだ。

「これを」

懐から、小さな桃の枝木を取り出したわたしを見て、店主の男は何かを感じ取ったらしい。――そうだ、これは報告だ。わたしにも、想いを寄せるひとがいることを、“あの子”に伝えたいと思ったのだ。


「わかったわ。――もうすぐ上がりだから、ここで待っていて」

“あの子”が眠る墓場――森は、宗家の者しか立ち入ることは許されない。いわばこの国の禁域。わたしは毎年、男に同伴する形で墓参りをしている。


四年前、船着き場の少し離れたところで。船の上で魔物の襲撃を受けたわたしと“あの子”の元へ、ある男と老婆が駆けつけた。“あの子”が亡くなった日だ。

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