その六、若女将

「ばばは目が効かんから、こうしていっぱい触れるんだよ。そうしたらね、不思議と痛がってるところがわかるのさ」

目元が布で覆われて見えないかわりに、老婆のあたたかくやさしい熱を持った手が、私の前髪を撫でる。


「ありがとうございます。ばばさま」

湯屋にもよく出入りしている老婆――私にとっては、声を聞くだけでも不思議と心落ち着き目頭が熱くなる、私が子どものころからかわいがってくれる人――は、縁側で受ける風のように、静かに微笑んでいた。


脳裏に冷たい暗雲が渦巻く私の周囲では、駆け付けた忍衆がさっさと場の始末を終えていく。床木の焼け焦げた臭いに、めちゃくちゃになった祭壇が虚しく映る。国を支える宗家――それも、人がより多く集まる湯屋に、竜が現れたのだ。一歩間違えれば、多くの客人が危険にさらされていただろう。


「よく頑張ったねぇ。……大丈夫、今度の結界はそう易々と破られはしないだろうさ」

「……違う、私は、何も守れてなどいません。薄情で、おろかで、都合良く逃げ仰せただけなのです」

「おまえは、武器を取ったろう?自分も、竜も殺さないために。それでいいのさ。……」


あの竜の目は、どうなっただろうか。矢が右に深く突き刺さり、牙まで血が伝っただろうか。目前の恐怖に怯えながらもなお、どこまでも非情になりきれない自分と。あっさりと器の未熟さを重い知らされた自分と。私は今、どちらに苛立っているのだろうか。


「こんばんは」

私が店に戻ってから、何日かしてから。久しぶりにあの方に会った。

数日姿が見えなかったので、とあの方は蝶が羽を休めるたきのようにゆっくりと、まばたきをして私を見た――気がした。変わらず、やはり男の顔は見えない。以前よりもどこか濃くなったような、黒い“もや”のおかげで。


それでも、すらすらと流れていくような筆の声はそのまま。私は、安心と不安を不釣り合いに抱えたまま、その日廊下の灯りを消した。


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