その七、客人
「へえ。あの、あんまりおおっぴらにはしてないんですが……」
宿の人手の中でも、よくわたしに声を掛けてくる番頭の男性だ。
“大女将が表に出ているのは珍しいですね”と少し意外そうにわたしが尋ねると、おおよそ簡潔に経緯を話してくれた。
結界は、一度かければ一定期間持続させることができる。作り、そして直すこと自体は決められた術者のみに限られた行為だが、それ以外のことであれば何か手伝えるかもしれない。
「――あなたから、そんな提案があるなんてね。でも、喜んで引き受けるわ。仕事の内だもの」
話は案外、トントン拍子に進んだ。主人(マスター)に協力を仰いだところ、今すぐにでも宿に乗り込んでいかんばかりの勢いで、了承してくれた。
わたしが長らく厄介になっている主人(マスター)の店は、占いを生業にしているのもあって純度の高い水晶などが豊富にある。魔除けとして宿に置くことができれば、結界もより安定する。術者の負担が、軽くなる。
若女将である彼女は、代々続いてきた家督を維持し、更に繋げていかなくてはならない。そのためには、確かな強さが求められるだろう。力も、意思も、繋がりも。
――わたしは、崩落の一途を辿った。いや、辿ることなく、放棄したのだ。
むせかえる血の味に意識を遠くし、暗い声が届かぬところへと逃げた。わずかな希望で、“あの子”の止まり木になることすら叶わなかった。
力を持って他を圧倒すれば、化け物だと例えられた。生来の病の傷を隠すため髪を伸ばし、色数の少ない衣を着ていたわたしが。息をするように小太刀を振るう。族の頭であった父ですら、わたしに稀有の目を向けた。けれどもそれは段々と、言い様のない怒りに変わっていったようだ。
わたしの体が病の影響で使い物にならない、長く持たないことがわかると、“あの子”に頭を継がせようと躍起になった。わたしは、部屋の隅で細々と息をする鼠のようだった。
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