その三、客人

占いというものは、本当か嘘かそれこそわからないものだ。信じすぎれば毒になり、流せれば吉あるいは流せば後悔かもしれない。紙に記された文字を、与えられた情報を。どこまで飲むかはそれこそ個の勝手。


「けれどね、口からの言葉には気を付けなさい。“自分で寄せ付けてしまう嘘”も、“自分で寄せ付けるまこと”もあるのだから」

そうわたしの店の主人(マスター)は口を酸っぱく――いいえ、尖らせて言う。


“言の葉”とはよく言ったものだ。人知れず生まれ落ち一瞬の風に揺すられて、行き着く先は砂か水か、はたまた誰かの手の内か。息をする場所がわからないまま、ただただ誰かの目に触れるのを待っている言葉。

それはまるで人が抱えるこころのようで。素性は知れないくせに、穴が空いた途端あるいは満たされた途端、すぅっと気配を表す存在だ。


「あの」

いつもと同じ、人気の少ないこの時間。湯あみを済ませ、帰り支度をしていたときだ。控えめにしかし視線はきちんとこちらに向いた、やわらかな日差しを思わせる声が廊下のわたしを呼び止めた。


“先日は、失礼致しました”と実にゆっくりとした所作でお辞儀をしてきたのは、この宿の若女将である。夜更けも近いこんな時間に出歩いているのを見るのは二回目だ。わたしに謝るためと考えても、彼女の疲労を考えれば少し不安になる。


癖のついた、焙じ茶のように色付いた茶色の髪に紺とも紫とも言いきれない、やさしい夜を宿した瞳。灯りが跳ねて艶めく髪は、くしの通りも心地よいだろう。

わたしはこの人を見る度に、こころに残る“あの子”の笑顔が浮かび苦しいはずなのに、門から足が遠退いてしまう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る