5-7
「これ、私があげた駒だ」
写真を見て、福田さんは言った。
「あげたんですか?」
「正確には、交換。私は将棋続けるんだからって、いい駒くれたの。悔しいから、ただじゃもらわないって、押し付けた」
「そうなんですね。でもなんで、中五条家にそれを持ってったんでしょうね?」
「応援のつもりなのかも。詩的な」
ロコロと中五条さんも、いちおう面識があるらしい。ただ、子供の頃、中五条家に行ったことがあるとは考えにくいらしい。
「まあ、そのうちわかるかな」
もうすぐ、新幹線が東京に着く。
昨日から福田さんのところにはお祝いの連絡がきっぱなしで、あまり眠っていないらしい。それでも、旅の途中ずっと起きていた。不思議と、とても頭が冴えているらしい。
夜十時をこえる激闘を制して、福田さんはタイトルを獲った。観ているこっちはへとへとになったけれど、対局者たちは感想戦でも元気だった。
「若くて、強いね」
そんな姿を見ながら、臺先生はつぶやいた。すごく、うれしそうだった。
「加島君、この後予定は?」
「特にないですけど」
「ケーキを食べるから」
「え?」
「タイトルホルダーが、おごられっぱなしというわけにはいかないでしょ」
「ああ、はい」
そんなわけで僕らが東京に戻ってきて最初にしたことは、いつもは行かないようなケーキ屋に行くことだった。もちろん福田さんはケーキの写真を撮って「すたばなう」と投稿した。
「う」
「どうしたの?」
甘いケーキを食べている途中に、甘くはないニュースが飛び込んできた。
「
「やっぱり」
「勝ちまくってたもんなあ」
沖縄出身、元奨励会二段の瑞慶山さんは、僕よりも15歳ほど年上だ。退会してからしばらくは将棋を指していなかったらしいが、四年前からアマチュア大会に参加、各棋戦で勝ちまくり、プロ相手にもいい成績を残している。そしてついに、プロになるための編入試験を受けると表明したのだ。
「どうなるかな」
福田さんの目の色が変わった。彼女もまた、編入試験を目指しているのだ。タイトル獲得により、一般棋戦に出る機会も増え、本当に受験する日が来るかもしれない。
が、今回の試験に関しては僕の方が切実である。
「あのさ、試験官になるのよね」
「あ、そっか」
編入試験の相手は、プロになったのが近い人から順に五人選ばれる。僕はぴったり当てはまるのである。
「いきなり注目される対局だ……」
「プロは注目されてなんぼでしょ。三段リーグ抜けた力、ガツンと見せればいいじゃない」
「そうですねえ」
今の福田さんはどこまでも前向きだ。僕は、頬杖をつきながら紅茶を飲んだ。
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