#みんなネタ将
6-1
加島君の対局が始まった。瑞慶山さんが先手。
編入試験第1局。「消えていた元奨励会員」のプロ挑戦、それを迎え撃つ「18歳のフリークラス」という対戦は、世間でも結構話題になっていた。
もちろん私も興味はあったけれど、どうしても他のことが気になって仕方がなかった。あの日、刃菜子ちゃんがアップしたケーキの写真。そして、現地に行っていたという加島君。
やはり、そういうことだろうか。
次郎丸心之介と小学生の時から知り合いだったことを、刃菜子ちゃんには話していない。
私が彼と知り合ったのは、三年生の時だ。休み時間につまらなさそうに窓の外を眺めていたら、「関奈さん、将棋しない?」と言ってきたのだ。彼が棋士の息子だというとは知っていた。そして、強すぎてクラスのみんなが対局したくないと言っていることも。
「本気?」私は聞いた。「関奈さんは、将棋が似合う色」彼は詩的に答えた。
彼に将棋を習うことになった。全く勝てなかったけれど、悔しいとかではなかった。楽しかった。
「父さんの教室にも来てみない?」
心之介君に誘われた。けれども、私は気が進まなかった。彼の家族にいろいろと知られるというのが、恥ずかしかったのだ。そして、私は自分の家族のことを語りたくなかった。対等の関係でいられなくなると思った。
そんな私に、心之介は臺先生の教室を紹介してくれた。すごく、気が付く人だった。私は彼と刃菜子ちゃんが知り合いだと気づかないままに将棋を勉強し、プロを目指し、プロになったのだ。そして、彼はある日突然将棋をやめた。理由は、加島君に負けたことだった。
ずっと、心のどこかに引っかかっていた。彼と刃菜子ちゃんが同じ次郎丸教室で学んでいたこと。刃菜子ちゃんが彼を兄のように慕っていたこと。彼が将棋をやめた後、刃菜子ちゃんが加島君を親の仇のように考えていたこと。
私も彼女に感化されて、加島君のことをあまりよく思っていなかった。けれども実際は素朴で、とても優しい人だった。当然だ、彼がしたことは、ただ子供時代に心之介に勝った、目の前の敵を倒した、それだけなのだから。
「私、動画配信してみようと思う」
久々に再会した彼に、私は言った。
「え、関奈さんが?」
「変? これでも、人前に出ることのある仕事だけど」
心之介は今や、霞通ロコロと名乗って将棋ファンの間ではちょっとは知られた動画配信主である。
「そうだね。あ、この前の写真見たよ。実家?」
「実家……と言えば実家。住んだことはないけど」
「そうなんだ」
「最近は、研究会とかしてる。おじい様も将棋に興味持って」
「写真見たよ。茶室とか槍とか」
「……恥ずかしい」
「いやいや、すごくいいよ。あそこで撮影したら、いい動画できるよ」
心之介は、屈託のない笑顔で笑っていた。あの頃と変わらずに。あの日までのように。
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