5-4

「ただいま」

 今日は記録係だった。深夜にはならなかったとはいえ、もう夜十時である。結構くたくただ。

「おかえりなさい、兄様」

「おかえり、加島君」

「ただいま……えっ!」

 なんかおかしいと思ってリビングに行くと、美鉾と福田さんが並んでテレビを見ていた。一瞬うちに妹が二人いたっけなと思ってしまう光景だった。

「意外と早かったじゃない」

「な、なんでうちに」

「友達のとこに泊まりにきただけ。たまたまそのお兄さんも知り合いだけど」

「いやいや、この大事な時期に」

「……つまんない」

 福田さんは頬を膨らませていた。

「それはどういう……」

「みんな『大事な時期だから』ってよそよそしくて。私、この機会逃したら二度と挑戦できないって思われてるのかな」

「そんなことは。臺九段だって書いてたじゃないですか」

「師匠は優しいから。というか、私に黙って会ったんでしょ」

「え、臺九段と? そりゃあ……」

「姉弟子と」

 目つきも鋭い。僕、何か問い詰められるようなことしたかな……

「中五条さんと?」

「師匠の前で仲良くして。楽しかったんでしょうね」

「いや、あれは彼女が悩んでいるって言うから」

「私も悩んでるのに!」

「ケーキ!」

 突然、美鉾が叫んだ。めったにないことなので、驚いて無言で見る。福田さんも同じだった。

「食べましょう。甘いものが足りていませんね、二人とも」

 そうだ、僕は疲れている。そして福田さんもきっと疲れている。

「うん、十時のおやつだ」

「え、夜だけど」

「いいの。ありがとう美鉾、とってもケーキ食べたい気分だ」

「そうでしょうそうでしょう」

 美鉾が、右手を差し出してきた。

「え?」

「1500円」

「はい?」

「私、ただの中学生ですよ。兄様は対局料を稼いだでしょう。妹とその友達にケーキをおごってもばちが当たらないと思います。私、わざわざ買いに行ったんですからね?」

「はあ」

 なんだか納得いかないけれど、まあ、しかたないか。初めて稼いだお金で、甘いものを食べるというのは確かにいいかもしれない。

「美鉾ちゃん、ありがとう」

「礼には及びませぬ。タイトル獲得したら倍にして返してください」

「うん」

 夜十時のホールケーキは、とても輝いていた。

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