4-6
大きな手が、むんずと駒をつかむ。駒音が響き渡る。迫力満点だ。
対局が始まれば緊張はしなかった。相撲を取るわけではない、将棋は僕の土俵だ。
ただ、元横綱は想像以上に強かった。しっかり囲って、少しずつ駒を押し上げてくる。
ずっと苦しかった。駒落ちなので最初から不利なのだが、なかなか好転しないのはきつい。もちろん気持ちよく勝たせる、という考え方もある。けれども勝負の世界に生きてきた人に対しては、全力で挑むのが礼儀だとも思った。
終盤、鋭い手が飛んでくる。駒を捨てて一気に寄せに来た。けれども、これを待っていた。駒が入れば、相手には詰みがあるのだ。
「おおっ?」
元横綱の眉間にしわが寄る。13手詰の5手目。頭を抱えて、大きくのけぞった。
「負けました。あー」
さすが、自玉の詰みがきちんと見えたようだった。
「すごく強かったです」
「いやあ、まだまだだね。でも楽しかった。プロはやっぱりすごいね」
「ありがとうございます」
「ところでさ、さっき『いつもお世話になってます』って言ったけど、どこかで会ったかな」
「……え?」
「いや、会ったことあるなら失礼になるなと思ったから。どこ?」
「えーと……」
脇がじっとり濡れてくるのが分かる。気づかないうちに、うかつなことを言ってしまったのだ。
「会ったことはないですが……話したことはアルパカ……」
「は? え、アルパカ? なに、あなた、アルパカ?」
「まあ、そうというか中の人というか」
「そうだったの? いつも話してたね! いや、びっくりした」
「はい、僕もびっくりしました」
「いや、おもしろいよ。あなたはいい先生だね。甥っ子が奨励会入ったら師匠になってよ」
「え、僕まだ18歳ですよ」
「高校生が女の子の弟子とる話聞いたことあるよ!」
それは見たことがあるような読んだことがあるような……。
「はは……。いい師匠候補たくさんいるので、ぜひ推薦させてください」
「わかった。早く実現してほしいね。あとね、あいつの兄貴は相撲で入門することになったの」
「そうなんですか。おめでとうございます」
「まあ、相撲は入門しただけじゃまだまだ。兄弟で相撲も将棋も好きだったんだよ。二人とも強くなってほしいんだ」
満面の笑みだった。いろいろトラブルがあって引退したと聞いているけれど、すごく純粋で優しい人のように感じる。
「日本では俺が面倒みるからね。またここに来るよ」
「はい、お待ちしています」
数日後、元鷹昇龍の甥っ子が入門することがニュースになった。しこ名は王将龍。
……ネタ将龍じゃなくてよかった。
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